はじめに
こんにちは、すずきです。
前回に引き続き、ギリシア神話のヘルマプロディトスの神話を追っていきます。
前編ではヘルマプロディトス君および、サルマキスの神話の内容をざっくりと紹介しました。
前編はこちらからどうぞ。
後編では、その神話を読んで、個人的に湧いてきた疑問をちょっと自分なりに考えてみようかなと思います。
謎①なぜサルマキスの願いが聞き届けられたのか。
物語を読んでまず初めに思うのが、
ヘルマプ君かわいそう!
どうしてサルマキスの「彼と二度と離れませんように」という願いが聞き入れられたのか!
ということです。
だってどう考えたってサルマキスが悪いやつじゃないですか。
『変身物語』での描写でも、サルマキスはヘルマプ君に強く焦がれ、その欲望はもはや相手への愛ではなく、身勝手な自己愛に近いものと読み取れます。
サルマキスは自己中心的なレイプ魔です。
まあギリシア神話でそんなことを言い出すなと言う話ではありますが。
とはいえ神々だって願いを叶えてやるにはある程度の道理があるはず……(と信じたい)
説1:先に願ったもん勝ち?
描写を見ると、 サルマキスが祈った→それは神々に聞き届けられた とあっさり書かれています。
しかしながら、サルマキスの日頃の行いに関して、神々に何かして上げているとか熱心な信仰を持っているという描写はありません。
それどころか、森のニンフたちなら務めるべき、女神アルテミスの狩猟への参与も怠っています。
ならなおさらどうして。
そこで思い浮かんだのは、単純に「先に願ったもん勝ち説」
サルマキスとヘルマプ君が取っ組み合って攻防している最中、サルマキスは神々に先述のように願いますが、ヘルマプ君は、サルマキスに対してやめるように願って抵抗しています。
サルマキスは神々へ、
ヘルマプ君はサルマキスへ。
もしかしたら、このときヘルマプ君も神々に「このニンフをなんとかして!」と願っていたらこんなことにはならなかったのかな。
うーん。
そういえば物語の最後にヘルマプ君の祈りも聞き届けられます。
内容は「この泉に入った人は僕と同じ目に遭いますように」です。
ここで彼が祈ったのは、漠然と「神々へ」ではなく、父ヘルメスと母アフロディーテへです。 この違いについてもっと迫れないかな……(考え中)
説2:泉に入った時点で、泉のニンフの勝利説
私はこっちの方がそうだとは思うんですが__サルマキスは泉のニンフです。
ニンフなどの精霊、比較的ランクの低い土着的な神格は、泉や河川そのものと同一視され、泉自体の名前で神格化されています。
サルマキスも例に漏れずそうで、サルマキスの泉に住むニンフ、サルマキスちゃんという感じ。
つまり泉=ニンフ。泉は彼女のテリトリーであり、彼女自身だと言えます。
ヘルマプ君はその泉に裸で入浴し泳ぎます。もうこの時点でヘルマプ君はサルマキスの領域に身を投げたと捉えられます。
このエピソードだけでなく、そもそもニンフの泉に勝手に入るのは、そのニンフを侮辱していることみたいな考えもあるようです。(要出典)
だからサルマキスの願いが聞き届けられ、ヘルマプ君が酷い目に遭ったのは、泉に入った時点ですでに彼に落ち度があったからではないでしょうか。
でもヘルマプ君は両親がどちらも強力な神格の二人ですよね。
彼はただの美少年扱いされているけど、神々の純血だし、デミゴッドでもないのでニンフくらいになら抵抗できそうですが。
謎②なぜ「ヘルマプロディトス」なのか
今度はヘルマプロディトスという言葉自体について考えてみます。
ヘルマプロディートス(hermaphroditos)という言葉は古代ギリシア語でも、そこから派生した現代のヨーロッパ語でも、「両性具有者」を示す一般名詞として存在しています。
この名前がすでに示唆的ですよね。 ヘルメス+アフロディーテですから。
先にヘルマプロディートスという言葉があって、後付けで神話が形成されたように見えます。
一般名詞と個人名、どっちが先なの?
一応『変身物語』では、 両親の名前をとって、ヘルマプロディトスと名付けられた
とあり、
さらに、
顔を見ただけで両親が誰と誰なのかすぐにわかる
とまであります。
(この時点ではまだ顔という性的要素のない部位)
だからここ『変身物語』では、
ヘルマプロディトス君がそうなったから
↓
両性具有者のことを彼の名前を借りてそう呼ぶ
の順番です。
しかし、ヒュギーヌス『ギリシア神話集』の271章にてこんな記載を発見。
ヘルメースとアプロディーテーの息子で、ヘルマプロディートス[両性具有神]といわれたアトランティウス。
ヒュギーヌス著 松田治、青山照男訳『ギリシャ神話集』、講談社学術文庫、2005
アトランティウス……?
(ヘルマプ君の父方の祖母がマイアですが、彼女はアトラスの娘なので、ヘルマプ君はアトラスのひ孫になります。だから彼にちなんだ名前になっています)
『変身物語』にはこの名前は登場しません。
この箇所からでの順序はまるで
両性具有者(ヘルメス+アフロディーテ)になったから
↓
アトランティウスのことをヘルマプロディトスと呼ぶ
と逆になってます。
これどっちが先なんだろうね。
性の象徴としてのヘルメスとアフロディーテ
この神話は男性性と女性性の融合の話と読めます。
このヘルマプロディートスが、個人名にちなむにしろ、一般名詞にちなむにしろ、 ヘルメスが男性性を、アフロディーテが女性性を象徴していることは間違いありません。
これを読んでいてすずきが思ったのは……
アフロディーテが女性性の象徴なのはわかるけど、どうして男性性の象徴がヘルメスなんだろう?
ということです。
言わずもがなアフロディーテは愛と美の女神です。
彼女は乙女ではなく、性的な魅惑に満ちた存在とされています。
性愛の女神が女性性を象徴するのは何の疑問も湧きません。
それと対をなす男神は、アレスじゃないのか?
だってアレスって戦で暴れまくってまさに男! って感じするじゃないですか。
だってほら、雄マーク♂と雌マーク♀があるじゃないですか。
あれってローマの占星術が由来で、雌の♀はヴィーナス(=アフロディーテ)の鏡から来てるのに対し、雄の♂はマルス(=アレス)の剣だか槍だかから来てるらしいし。
だから私はてっきり、雄はアレスが象徴すると思ってました。
でもやっぱり調べるとそうじゃないとわかります。
アレスよりもヘルメスの理由1:ヘルメスって男根神
ヘルメスは商業、伝令、盗みなどを司る青年神のイメージですが、どうやら男根と切っても切れない関係で、一説によると男根神としての信仰の方が先だったとか。
世界各国に男根信仰はありますが、古代ギリシアにおけるそれを示すのが「ヘルマ」です。
実際のヘルマではないのですが、 こちらはポンペイ展にて展示された「ヘルマを模した肖像」のレプリカです。
まあ、なんということでしょう。
男性の頭部が巧みに作られているのに対し、首から下はただの四角柱__。
いや、ただの四角柱じゃないッ! アレを見ろ……男根だ……。
写真のこれはヘルマ型で肖像つくったらおもしろいんじゃね? という古代人のものですが、
実際のヘルマは、この乗っかっている頭がヘルメス神のもので、ヘルメス神が、頭と男根以外そぎ落とされたデザインになってるのです。(一種のミニマリズム)
古代ギリシアでは、そのヘルマが道の境界の目印としていろんなところに設置されていました。
普通に顔とかなくて、the 男根という像もヘルマの中にはあるそうです。むしろそっちの方が潔くていいのに……。
名前からわかるとおり、ヘルマはヘルメスと繋がっています。
そしてヘルメスには、アフロディーテなどの女神を前にして常に勃起していたというエピソードもあります。(要出典)
ヘルメスの彫像はもれなく男根を勃起させた姿で彫られています。
つまりヘルメスは男根神、勃起神だったのです。
ふむふむ。
調べるといろいろ出てきて、性象徴としてのヘルメスは奥が深そう。
アレスよりもヘルメスの理由2:そもそもアレスは古代ギリシア人の間で不人気
アレスはオリュンポス十二神の一員で、今でこそソシャゲにひっぱりだこの軍神ですが、古代ギリシアでは不人気でした。
野蛮な戦い方で嫌だったのでしょう。 戦の神はアテナがいましたし、彼女の戦い方の方が知も感じられてギリシア人の間で理想的でした。『イーリアス』でもアテナにこっぴどくやられる情けないアレスの描写が出てきます。
ヘルメスの両性具有性
アレスは人気が無い。軍神だけど、男らしさの象徴を担うことはなかった。むしろそれを男根を以て担ったのがヘルメスだった。
ならむしろ、なぜ、占星術における惑星記号の火星♂が雄とリンクさせられたのかが気になります。
前もって追加で説明をすると、占星術や天文学などで、太陽系の惑星を示すものとして記号がそれぞれに割り振られています。
火星(Mars)はマルス、アレス神からきており、惑星記号が♂という具合。
♂♀のマークは今や性別(SEX)を表すアイコンですが、もとは惑星を表すものです。
(生物学者リンネがそのような使い方をし出したらしい。wiki曰く)
ヘルメスの星、水星のマークは「☿」。 角みたいのは、ヘルメスがかぶっている翼がついた帽子をかたどっています。
む、リンネは♂、♀、☿の三つを生物学で用いたそうで、このマーク☿、雌雄同体を示すともありますな。
いったんまとめると、
マルス(アレス):火星・♂・雄
ヴィーナス(アフロディーテ):金星・♀・雌
メルクリウス(ヘルメス):水星・☿・雌雄同体
ともすれば、ヘルメス+アフロディーテ=ヘルマプロディートス(両性具有)なのではなく、 男神ヘルメス自身にすでに雌の要素があるということでしょうか。
イメージとしては、
ヘルメスとアフロディーテが半分半分で混ざり合って、新しく半男半女の一人になる
のではなく、
ヘルメスがアフロディーテを取り込んで、雌雄同体の両性具有になる
の方が正しいのかもしれません。
……待てよ。
この考え方は、サルマキスの人格がなくなって、ヘルマプ君の意識だけが残ったという、この神話の終わりに迎合するのでは?
思い返すと、ヘルマプ君の願った泉の呪いは 「この泉に入った男は、(僕と同じように)柔弱になり四肢が嫋やかになるように」でした。
男女の均等な融合ではなく、男性への女性性の付加だと言えます。
ヘルマプロディトスとサルマキスの神話の本質はこれだと言えそうです。
おわりに
奥がァッ! 深すぎるッ!
これ以上は、ヘルメス自身が持つ、両性具有性に迫っていかないといけなさそうです。
リンネはどうして水星の記号に「雌雄同体」という生物学的な概念を対応させたのか。
恐らく、錬金術において両性具有の図像が多用されていて、その錬金術の始祖とも言える、伝説的人物が「ヘルメス・トリスメギストス」というヘルメスとエジプトのトート神を混ぜた人物だということに繋がってきそうです。
またの機会で(逃げ)
ヘルマプ君の神話はちょびっとマイナーな神話ではありますが、面白いと思ってくれたら幸いです。 ここまで読んでくださりありがとうございました。
出典を明記せずに記憶だけで無責任に書いてしまい申し訳ございません。
大学の図書館で見つけ次第、追記しておきます。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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