半人半馬ケンタウロスに迫る!【ギリシア神話】

ギリシア神話

~はじめに~ ケンタウロスは賢い? 頭悪い?

 こんにちは、すずきです。

 ふと大学の授業で、ケンタウロスについての話になりました。

 ケンタウロスといえばギリシア神話ではお馴染みの怪物です。上半身が人間で下半身が馬の姿で有名です。

 授業中に、「ケンタウロスは頭が悪い種族で~」と言ったら、同じく授業を受けている学生の一人が、
「ケンタウロスに頭の悪いイメージはないです。ハリーポッターなどで出てくるケンタウロスは予知能力があって、排他的な面はあるけど、賢いという描かれ方でした」
と、教えてくれました。

 私はお恥ずかしながら、ハリーポッターシリーズを賢者の石しか見た事がないので、「賢いケンタウロス」のイメージに驚きました。
(賢者の石にはケンタウロスは出てこない)

 ギリシア神話の怪物は後世の創作物でも頻繁に登場するほど魅力的なものですが、どうしてこれほどイメージに差があるのでしょう。気になったのでケンタウロスを今一度調べてみました。

ケンタウロスを語源から探る

 ギリシア神話においてケンタウロスが有名なのはラピタイ族とのお話が挙げられます。個人的にはそこでのイメージが強いので「ケンタウロスは頭悪い!」と言い切りたいのですが、

 そのエピソードを見る前に、小生、ほんの少しギリシア語をかじっているので、いつも使っている辞書で語源から調べてみました。

ケンタウロスの語源は「突き動かす、駆り立てる」から

 ケンタウロスは古典ギリシア語で綴るとκένταυρος。~オスで終わるのはだいたい男性名詞です。

 その語源は「κεντέω(ケンテオー)」という動詞です。

 この「ケンテオー」ですが、希英辞典ではその意味を以下としています。

  • to plick (チクリと刺す、突く、突いて穴をあける。苦しめるという意も)
  • to goad(けしかける、駆り立てる、突き棒で突く、追い立てる)
  • to spur on(~へ急き立てる、~にはっぱをかける、拍車をかける、駆り立てる)
  • to stab(刺す、突き刺す、突きつける、突っ込む)
  • [蜂など] sting(針で刺す)

 イメージを掴むと、なんか「突き棒で刺して追い立てる、駆り立てる」という感じでしょうか。

 つまりケンタウロスは「突き刺して追い立てる者」という原義があります。やっぱり賢いイメージはなく、野蛮な気がします。

ケンタウロス=下半身が馬のアレとは限らない!?

 こうやって語源にさかのぼってみると、ケンタウロスという語には「馬」というニュアンスや意味が入ってはいないんですね。

 つまり厳密にいえば、ケンタウロス=半人半馬のアレ、とも言い切れないのです。

 じゃああの半人半馬の怪物は正式にはなんて言うんだ! といいますと、
ἱπποκένταυρος(ヒッポケンタウロス)」というのが正式名称です。

 ἲππος(ヒッポス)はギリシア語で「馬」。「馬-ケンタウロス」であの半人半馬の怪物を指し示します。

 となると「馬-ケンタウロス」じゃないケンタウロスもいることになりますね。
 軽く『西洋古典学事典』で調べてみると出てきたケンタウロスの様々な在り方をいくつか紹介します。

  • オノケンタウロス ロバ(ὄνος)×人
  • レオントケンタウロス ライオン(λεόντεος)×人
  • イクテュオケンタウロス 魚(ἰχθύς)×人

 造語なので他にも例はありそうです。

 しかしながらヒッポケンタウロスほど神話には登場せず、私の持っている辞書にも掲載はされていませんでした。あとから作られた言葉のようですね。

 なので「ケンタウロス即半人半馬のあいつ」で問題はなさそうです。

ケンタウロスを合理化してみる

 合理化した見方をご紹介すると、ケンタウロスは「騎馬戦」に驚いた戦士が作りあげたイメージだという説が有力です。

 ケンタウロスのエピソードが語られるのはテッサリア地方、ギリシア本土の中西部で山間部です。

 たしかに山間部の人たちは平地に住む人たちよりも馬を乗りこなしていそうですね。

 騎馬戦になじみのない他の地域の戦士が、馬に乗って戦場を駆け回る姿を見て驚き、半人半馬の怪物だと勘違いしたのだと言われています。
 騎乗している最中、馬がなにかで首をもたげれば、馬の首から上が隠れて、まるで馬の下半身に人間の上半身がくっついているように見えるのもうなずけます。

 ケンタウロスの「野蛮」というイメージはここから来ているのだと思われます。

 つまり騎馬戦文化がない人々からすれば、こっちは徒歩で隊列や陣を組んでがっちりやっているのに、そこへ突然、馬が突っ込んできて隊列をめちゃくちゃに乱されたら、あまりにも野蛮な化け物だと思わざる得ませんね。

 駆り立てる、追い立てるという語源にも合致しそうです。

ケンタウロスとラピタイ族

ケンタウロスたちとラピタイ族の系譜 

 ケンタウロスはラピタイ族と切っても切れない関係にあります。

 そもそもケンタウロスは一匹ではなく、「ケンタウロス族」という種族の名前です。そんなケンタウロスたちと人間のラピタイ族は、系譜を見ても密接な関係にあります。

 先述しましたが、ラピタイ族はテッサリア地方に住んでいた人たちです。
 ラピテースさんという人が一族の創始者、起源となった人なので彼の名をとって複数形にしてラピタイ族と言われます。

 ラピタイ族は山間部に住んでいて馬術に長けていました。

 創始者のラピテースさんは光明神アポローンとスティルベとの間に生まれました。彼がテッサリア地方に定住し、そこからラピテース族は栄え、山間部で脈々と広がりを見せました。

 そのラピタイ族にイクシオンという男が生まれます。彼は当時のラピタイ族の王となりました。

 このイクシオンさんが悪いやつでして、数多くの悪行を為し、そのうちの一つにゼウスの正妻であり、神々の女王ヘーラーを犯そうとする一件があります。

 しかしながらすんでのところで気付いたゼウスが、ヘーラーに似せて雲をかたどり、それとすり替えます。何も知らないイクシオンさんは勘違いしたまま雲(ネフェレー)と交わりました。

 そこで生まれたのがケンタウロスたちです。さらに彼らは、ペーリオン山に生息していた牝馬と交配をし、ケンタウロス族は増えていきました。

 人間のラピタイ族と半馬のケンタウロス族はイクシオンという一人のラピタイ人によって繋がっている兄弟なのです。
 イクシオンはディアという人間の女を妻とし、彼女との間にペイリトオスという男の子を設けています。ペイリトオスはイクシオンに次いでラピタイ族の王になり、妃としてヒッポダメイアという女性を迎えます。

いがみ合うラピタイ族とケンタウロス族

 このように系譜として繋がっている二つの族ですが、彼らの関係性は険悪でした。同じ地方に住んでいながらも、いがみ合っていました。

 ケンタウロス族は野蛮で頭が悪く、短気でしたからラピタイ族は彼らを忌避していました。何度か衝突を繰り返す、因縁の相手だったと言えるでしょう。

ペイリトオスの結婚式事件

 そんな中起こったのがペイリトオスの結婚式での大事件です。

 ペイリトオスとヒッポダメイアとの結婚式が行われる際、たくさんの客が招待されました。ラピタイ族は総出で出席し、ペイリトオスの親友であったテセウスなどの英雄も参加しました。

 一応同じ地方に住んでいるからなのか、ケンタウロス族たちも式に出席
 宴の席で、彼らは酒に慣れていないのにもかかわらずワインを爆飲み! 酔っぱらって暴れ出してしまったのです。

 ケンタウロス族はあろうことか新婦ヒッポダメイアをはじめ、ラピタイ族の女性たちを強姦するため攫おうとします。もちろんペイリトオスは激怒、ペイリトオスの親友テセウスも武器を取ります。

 幸せな結婚式はもう台無しです。宴は瞬く間に混沌とした戦場に変わりました。日頃のうっぷんが溜まっていたのかラピタイ族とケンタウロス族は激しくぶつかり合います。

 結局ヒッポダメイアは無事でしたが、ケンタウロス族側もラピタイ族側も被害を被りました。

 私の推し英雄であるカイネウスくんはこの戦いでケンタウロスたちに殺されています。(なので私はケンタウロスが嫌いだ!)

ケンタウロス族の生まれ方

 確かに、ケンタウロス族は以上の事件からわかるように、「野蛮、粗暴、色狂い、非理性的」という性格が挙げられます。

 出自を共にしながらも、人間のラピテース族との対比が強調されていると言えるでしょう。人間が理性の側ケンタウロスが本能や非理性的な側に置かれています。

 とはいえ、系譜としては繋がっていても、出自に着目すると両者が質を異にしている部分がまた出てきます。
 それは「ケンタウロスは、正しくない方法で生まれた」ということです。

 ケンタウロス誕生に関する異伝としては、ゼウスがアフロディーテと交わろうとしてかけた精液が、避けられて大地(ガイア)にかかり生まれた、というものがあります。
 「アフロディーテと交わろうとしたのに、別の形になった」という形は、「ヘーラーと交わろうとしたのに、雲と交わっていた(別の形になった)」と類似しています。

 この点に関しては、他の怪物や神話を多く参照し、「○○のはずが、△△」という交わりの仕方と生まれる子供の性質の関係を調べたいところですね。

 話を戻してみると、そもそもイクシオンという男が邪な人間なので、そんなやつがさらに正しくない方法で子供を成したら怪物が生まれるのも納得です。

 逆に英雄テセウスと親友であるようなペイリトオスがイクシオンから生まれたことに関しては、どれだけ母ディアさんの血が良かったのかと感心しますね(笑)。

異色のケンタウロス、ケイロンさん

 ここまで見ると、ケンタウロスたちは頭が悪いイメージしかないです。では、ハリーポッターのケンタウロス像はどこに由来するものなのでしょう。

 それは間違いなく、「ケイロン」という異色のケンタウロスにあります。なんならラピタイ族よりも知名度がある人物でしょう。

ケイロンさんはサラブレッド

 ケイロンさんは半人半馬のケンタウロス。見た目はペーリオン山に住むあいつらと同じです。しかし彼の生まれは、他のケンタウロスとは全く違います。

 ケイロンさんの父はティターン神族の長でありゼウスの父である農耕神クロノス、母は大洋の神オケアノスの娘の一人ピリュラです。

 クロノスがピリュラと交わる際に、馬に変身したため、子どもは半人半馬の姿になりました。そうして生まれたケイロンさんは、立派なサラブレッドと言えます。

 ケイロンさんと他のケンタウロスたちは、見た目が偶然一緒なだけの赤の他人レベル。しかしながら、ケイロンさんもペーリオン山の洞窟に住んでいました。

知恵の象徴、ケイロン

 母親であるピリュラは自分から半人半馬が生まれてきてショックを受け、ケイロンさんを棄ててしまいます。

 代わりに、ケイロンさんはアポローンアルテミスによって育てられました。アポローンからは医術の才能や予知能力を貰い、アルテミスからは狩猟の才能を貰います。

 そのため、頭もよく、様々な術に長け、狩猟もできる最強のケンタウロスが爆誕。野蛮ではなく、思慮分別もあり、賢者として描かれます。

 彼ははじめて薬草を使った外科手術を行ったとも言われています。(薬草で外科手術とはどうやって? とツッコみたくなりますが)

 半神半人の英雄たちが群雄割拠する時代では、彼らの多くがケイロンさんの養子となって彼の教育を受けています。トロイア戦争で活躍した英雄アキレウスもケイロンさんに育てられ立派に成長しました。

 ケイロン塾は大盛況。
 ちなみに古代ギリシアでは「ケイロンの諭し」という題目で訓戒集があったとも言われています。タイトルにもなるほど、ケイロンさんは賢者であり教育者であるのです。

ケイロンさんの最期

 そんなケイロンさんですが、英雄ヘラクレスとも親密な関係でした。しかし、奇しくもケイロンさんを殺すのはまさにヘラクレスだったのです……、さすがギリシア神話!

 ヘラクレスが「12の偉業」を成している最中、ひょんなことからヘラクレスとケンタウロスは戦うことになります。

 ヘラクレスはケンタウロスたちをマレアーというところまで追いかけていきます。

 ちょうどそこにはラピタイ族に追われてペーリオン山から逃げてきていたケイロンさんがいました。

 他の野蛮なケンタウロスたちを殺そうとヘラクレスが放った毒付きの矢は、混乱のさなかケイロンさんに命中。毒が回りケイロンさんを蝕みます。

 しかしケイロンさんは不死の身でした。そのため死によって苦しみから救済されることはありません。洞窟の中でうずくまり、自らの死を願うばかりです。

 そこでヘラクレスは彼を救うため、プロメテウスにケイロンさんが持つ不死の権利を差し出します。プロメテウスはちょうど、ゼウスを試した罪でコーカサス山に磔にされ、内臓を鷲についばまれる責め苦を受けている最中でした。

 交渉は成立。プロメテウスは罰から解放され、ケイロンさんは死ぬことができました。ケイロンさんは彼の功績によって、死後天にあげられています。

 いやあ……皮肉なものですね。

 ケイロンさんは他のケンタウロスと全く違う存在でありながら、最期は彼らと同じ見た目だったがゆえに、誤って親しいヘラクレスの矢を受けて死んでしまうわけです。

 ピリュラと交わる時に、クロノスが馬ではなく別のものに化けて交わっていたらケイロンさんもこんなことにはならなかったでしょうに。

 とはいえ、だからこそケイロンさんの存在は美しいといえます。やはり美しく死んでこそ……ですね。

まとめ:ケイロンさんのおかげ!

 ここまで、ケンタウロス族及び、ケイロンさんについて見てきました。

 ハリーポッターのケンタウロスが予知能力を使えるというのは、まさにケイロンさんがアポローンから予知能力を貰っている点に一致します。

 当初の問いに戻ると、以下のようなまとめができます。

・ケンタウロス族は野蛮、粗暴、非理性的。
・でも、ケイロンさんという賢者のおかげで、賢いイメージも後世に伝わっている。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。

【参考文献】

  • アポロドーロス著 高津春繫訳 『ギリシア神話』、岩波文庫
  • ヒュギーヌス著 松田治・青山照男訳『ギリシャ神話集』、講談社学術文庫
  • 久保正彰著『ギリシァ思想の素地―ヘシオドスと叙事詩―』、岩波新書
  • ジャン=クロード・ベルフィオール著 金光仁三郎主幹 小井戸光彦・本田貴久・大木勲・内藤真奈訳『ラルース ギリシア・ローマ神話大事典』、大修館書店
  • 松原國師著『西洋古典学事典』、京都大学学術出版会

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