『イーリアス』第五巻をひとつひとつ読む:前編

『イーリアス』

 こんにちは。今回は『イーリアス』第五巻の前半を読んでいこうと思います。

 第五巻はギリシア側のディオメーデースという戦士の武勇譚となっています。

 前回までのあらすじ
 本格的に戦闘状態に入った両軍。トロイア側にはアポローンが、ギリシア側にはアテナがつき戦士たちを応援していた。

ディオメーデース覚醒⁉

アテナによる支援 

 ディオメーデースはアルゴス付近から多くの船軍を引き連れてやってきた、ギリシア軍の中でも強力な戦士です。ギリシア側を応援するアテナは、彼にさらなる勇気と力を授けました

 力がみなぎってきたディオメーデースは兜や楯から炎を燃え上がらせて、まるでシリウス星のごときありさまで戦場の真ん中へ突き進んでいったのです。

ディオメーデースVSペーゲウスとイーダイオス

 早速ディオメーデースはトロイア側の二人の兄弟の戦士、ペーゲウスイーダイオスと戦闘になります。この兄弟はトロイア側の高貴な身分であったダレースの息子たちでした。ダレースはヘーパイストス神の祭司を務めていました。

 最初にやりあったのはペーゲウスの方でした。しかし、彼の投げた槍はディオメーデースには当たらず、反対に槍で胸を刺され落馬。ディオメーデースはペーゲウスを殺しました。

 イーダイオスは兄弟の仇を取ろうとしましたが、ヘーパイストス神がそれを許しませんでした。ディオメーデースと戦っても勝ち目がないことを悟り、自分の神官であるダレースが悲しまないように、せめて彼だけはとヘーパイストスはイーダイオスを戦場から匿い離脱させました

アテナがアレスを戦いから離脱させる

 トロイア側には軍神アレスがつき、戦士たちの士気を高めていましたが、そこにアテナが近づきます。

「自分も戦いから身を引くので、ゼウスに怒られぬよう戦争にはお互いに干渉しないようにしましょう」
 アテナはこう言ってアレスをトロイアの軍勢から引き離します。もちろん自分は引き続きギリシア側に留まります。

 するとアレスを失ったトロイア側の戦況は一気に不利に

 (ギ)……ギリシア側
 (ト)……トロイア側

①アガメムノーン(ギ)がオディオス(ト)を槍で落馬させ殺す。
②イードメネウス(ギ)がパイストス(ト)を槍で殺す。
③メネラーオス(ギ)がスカマンドリオス(ト)を槍で殺す。……スカマンドリオスはアルテミス女神の指導を受けた優れた猟師でした。
④メリオネース(ギ)がペレクロス(ト)を殺す。……ペレクロスはパリスがヘレネーをさらいに行くための船を造った工匠でした。
⑤メゲース(ギ)がアンテノールの息子ペーダイオス(ト)を殺す。
⑥エウリュピュロス(ギ)がヒュプセーノール(ト)を殺す。

 こうしてギリシア側の大将たちがトロイア側を追い詰めていきます。

ディオメーデースVSパンダロス

 さて、こんな戦闘のさなかでも、誰もディオメーデースの場所が分かる者はいませんでした。

 なぜなら彼は増水し土手さえ決壊させる荒れ狂う河川のように戦場を、ギリシア側トロイア側関係なく動き回っていたからでした。戦士たちが固まっても、もう彼を止められません。

 それを見たのがトロイア側の弓の名手パンダロスです。彼は休戦誓約を破りメネラーオスへ矢を射った男です。

 パンダロスは遠くからディオメーデースへ矢を放ちます。そしてそれは命中__!
 パンダロスは高らかに勝利を宣言します。

 しかし、ディオメーデースはくたばりません。そばにいたステネロスに、自分の胸に突き刺さる矢を抜くように指示。矢が抜かれる時、血がほとばしります。

 ディオメーデースはアテナに祈りました。

ディオメーデース
・アテナ様、今までに私の父や私自身を、戦場にて助けになったのならば、今回もどうかお願いします。
・勝利を確信し自慢しているパンダロスを仕留めさせてください。

 アテナは彼の身体を癒しながらこう答えました。

アテナ
父親(テューデウス)譲りの武勇をお前に授けたから安心して戦いなさい。
・それから、相手が神か人間か見分けられるようにしておいてあげたよ。
・相手が神様なら真っ向から対立しないように。
あ、でもアプロディーテは突き刺してやっていいよ。

 アテナとアプロディーテはバチバチなようですね。相当パリスの審判を憎んでいるようです。ここのアテナ大好きです。

 以上のようにお墨付きをもらい、さらなる強化を果たしたディオメーデースはまた戦場を駆け回り、トロイア側のアステュノオス、ヒュペイローン、アバースとポリュエイドス(夢占い師エウリュダマースの息子たち)、クサントスとトオーン(パイノプスという長老の息子たち)、エケンモーンとクロミオス(プリアモスの息子たち)を次々と殺していきます。

 普通、敵を一人倒したら、すぐに相手の来ていた武具などをはぎ取り、戦利品として奪いに行きます。しかしディオメーデースは今はそんなことはせず、一人殺したらすぐに別の標的を見つけ向かいます。武具や馬を連れて帰るのは部下がやっています。

アイネイアース登場

 ディオメーデースの散々な暴れように、トロイア側の大将の一人アイネイアースが目を留めました。アイネイアースはアプロディーテを母に持つ英雄です。

 彼はパンダロスを探し始めます。
 パンダロスがディオメーデースを倒したなんてのたまっていたのに、目の前の光景は全く真逆の大惨事ですからね。

 アイネイアースはパンダロスに、早くディオメーデースを射抜くよう求めます。「もしあれが怒れる神でないのなら」と添えて。

 パンダロスもディオメーデースの武勇に、もはや、「いやあれディオメーデースじゃなくて神が化けてるんじゃね?」と思えてくるほどです。
 「もしディオメーデース本人だとしても、あれほどの活躍は神の助けなしでは無理。先ほどの矢が致命傷になっていないのも神の加護のおかげだ」と推測します。(正解!)

 自分の強みである弓矢が効いていないことにパンダロスは弱気になってきます。

パンダロス
・父であるリュカオーンの忠告を聞かないで、馬に乗らずに徒歩で戦場に来てしまった。自分の弓矢の腕に自信があったからそうしたのだが、その弓矢も効いていないとは……
・ディオメーデースだけじゃなく、さっきもメネラーオスにも射たのに効いてなかったし、むしろ彼らは射られたことでますます奮起してしまった。
・俺、全然役に立っていないじゃないか、もしこのまま何の成果も挙げずに故郷に帰ったのならすぐに首を切ってくれ。

 パンダロスが弓が得意なアポローンから技術を教わっているので、相当の弓の使い手です。メネラーオスを射た時も、ディオメーデースを射た時も、どちらも正確に彼らの胸を貫きましたから。
 しかしどちらもアテナが彼らを守ってあげているので効かなかったのです。そんなことパンダロスは知りませんからしょんぼりするのも仕方ないですね。

 友達であるアイネイアースは弱気になっている彼を励まします。

アイネイアース
・そんなことは言うんじゃない。とにもかくにも俺たち二人でディオメーデースに向かって行ってみないとわからないだろう。
・俺の戦車に乗るんだ。この「トロースの馬」がどんなもんか見てもらおう。ディオメーデースにまた神が力を与えたとしても、この馬なら安全に戦場を駆けていける。
・さぁ手綱を握って。それとも俺が戦車係になって操ろうか?

 アイネイアースはこう言って、二人でディオメーデースに向かって行こうとパンダロスに寄り添います。

 彼が頼りにしている「トロースの馬」とは、少し前のトロイアの王族であったトロースがゼウスから貰った最高の駿馬でした。


 トロースの息子ガニュメーデースは幼少期から大層美少年で、ゼウスに見初められ誘拐されてしまいます。ガニュメーデースはお気に入りなので、彼を返す気はゼウスにはありません。代わりに、父親であるトロースには償いとして駿馬が渡されました。

 ガニュメーデースの誘拐は、神話画のモチーフとして有名ですね。鷲に変身したゼウスがまた赤ちゃんくらいのガニュメーデースをまさに鷲掴みにして天へさらってしまうシーンです。

 なぜそんな駿馬をアイネイアースが持っているかというと、彼の父親であるアンキセースがこっそりと牝馬と番わせて、六匹の子供を産ませ、そのうち二匹を息子のアイネイアースに渡したからです。
(なので正確には「トロースの馬の血を引く駿馬ということですね)

 というわけで、アイネイアースは戦車を持っていないパンダロスを自分の戦車に乗せてあげました

 そしてパンダロスは、アイネイアースに手綱を握らせることにします。自分の戦車なので操縦に慣れているだろうし、もし自分たちが倒されたとしても、馬だけでも連れ帰っていくのが良いと頼みます。

 二人は戦車を駆ってディオメーデースの方へ向かいました。

ディオメーデースVSパンダロスとアイネイアース

 パンダロスとアイネイアースが来るのをいち早く察知したステネロスは、ディオメーデースにそのことを知らせます。
 弓の名手とアプロディーテの息子である英雄が二人して来たのにビビったステネロスはディオメーデースに逃げることを勧めますが、彼が従うわけはありません。

 ディオメーデースはステネロスに、「もし二人とも倒せたら、あのトロースの馬を連れて帰ってきてくれ」と頼みます。

 いよいよディオメーデースVSパンダロスとアイネイアースの戦闘が始まります。
 先攻はパンダロス。彼は槍をディオメーデースに向けて投げました。

 その槍は見事ディオメーデースの胸を命中。しかし彼はひるまずに槍を抜き、放り投げます。

 すかさずアテナがその槍を操り、パンダロスの口元へ向けました。
 パンダロスは真白い歯を貫かれ、舌を根元から断ち切られます。そのまま槍は彼の顎を内から外へ貫通し、パンダロスは落馬します。
 パンダロスの武具がカラカラ鳴り響き、彼は死にました。

 アイネイアースはたちまち戦車を下ります。パンダロスの遺体をギリシア軍が自陣へ引きずっていかないようにそばに立って武器を構えました。雄たけびと共に、彼に近づく奴を皆殺しにすると意気込みます。

 ディオメーデースは止まりません。大の大人二人がかりでも持てないような大きな石を持ち上げ、アイネイアースの腰へ振りかざし、関節を打ち砕きました。
 アイネイアースは膝をついて倒れ込みます。

神にまで及ぶディオメーデースの猛攻

アプロディーテ登場……しかし

 アイネイアースもここでおしまいか……と、その時!

 母親のアプロディーテがアイネイアースのもとへ駆けつけました。息子の両脇へ手を差し込み、衣で隠しながら連れ帰ろうとします。

 この間、こっそりステネロスはアイネイアースの駿馬を奪ってきていました。

 ディオメーデースはアプロディーテの姿を捉えると、アプロディーテが美や愛においては一番優っていても、戦場においてはそうでないことを思い出します。

 先ほどのアテナのお墨付きもあってか、彼はアプロディーテの手の先を、小型の槍で突き刺します

 アプロディーテの手からは神血が流れ出ました。神は人間とは違う、神血(イコール)が流れているため不死でありますが、それでも痛いものは痛い。
 たまらず叫び声をあげて、抱えていたアイネイアースを放ってしまいます。すかさずアポローンがアイネイアースをキャッチしました。

 ディオメーデースはアプロディーテに対して、「戦専門ではないのだから下がっていなさい」とまでのたまります。

アプロディーテ、逃げ帰る

 アプロディーテは虹の神イリスの助けを借りて戦場から離脱。兄であり愛人でもあった軍神アレスに天上へ帰るための馬を貸してもらいます。

 オリュンポスへ帰ったアプロディーテは、母である女神ディオネに泣きつきます。

アプロディーテ
・ディオメーデースにやられたの! かわいい息子を守ってあげようとした時に。
・この戦争はもはや、ギリシア対トロイアなのではなくて、神々にまで及んでいるのよ!

 ここなんですが、印象的なセリフだなと思いました。
 英雄という存在の非人間性が顕著に表れていて、死すべき人間の身でありながら、神々にも危害を加えだす、すなわち両者を越境する存在って感じがします。
 やはり英雄とは素晴らしくはありますが、神にとっても滅ぼさないといけない存在なのでしょう。

 とはいえ、人間に害を加えられた神の例は以前にもそこそこあります。
 ディオネは、
・アレスがオートスとアピアルテースという人間に縛られ、大瓶の中に13か月閉じ込められた話
・ヘーラーや冥界の神ハデースが英雄ヘラクレスに矢を射られた話
を出してアプロディーテを慰めます。

 さらにディオネは、
「ディオメーデースの武勇はアテナによるものだが、彼自身はそれをわかっていない。不死なる神に挑もうとする人間が長くは生きられないこともわかっていないのだろう。彼の妻アイギアレイアはさぞ悲しむことになるでしょう」
と言います。
やはりここでも英雄の傲慢さを感じられます。

神々も話し合いへ

 ディオネが娘アプロディーテを慰めている様を、ヘーラーとアテナは目ざとく見ていました。

アテナ
・アプロディーテったら、アカイアの女をそそのかしてトロイアの方へついていかせようとしているうちに、その女の衣のブローチで怪我をしてしまったようね。

 アテナは「ヘレネーを気にかけてトロイア戦争を引き起こした自身が、その戦争で怪我をすることになったのだ」といったアプロディーテへの皮肉をゼウスに向かって言います。

 それを聞いたゼウスも少し笑ってからアプロディーテに向かってなだめます。

ゼウス
・戦の仕事はお前に与えられているものではない。そなたは結婚についての仕事をやっていなさい。
・こういう仕事(戦についてのこと)はアレスやアテナに向いている。

 多神教宗教だと、日本もそうですが、神様ごとに分業がなされています。アプロディーテは美や愛にまつわる神様なので、戦争に関することは専門外です。専門外のことにまで出しゃばるのはよくないということなのでしょうね。

 アレスやアテナは戦いの神です。アポローンは一般に太陽神とされていますが、同時に弓矢に長けているので戦争の場面に出てきています。

アポローン激怒

 さて、一方地上では、ディオメーデースがアイネイアースに飛び掛かっていくさなかでした。

 ディオメーデースは先ほどアテナから、「相手が神か人間か見分けられる力」を授かっていたので、アイネイアースをかばっているのがアポローン神だとわかっていました。
 しかし、彼はアポローン神すら恐れないで、ディオメーデースを殺そうと気を湧き立たせ食ってかかります。

 三回、アポローンはディオメーデースの猛攻を楯ではじきました。しかし懲りずに四回目が来るので、その折、ディオメーデースの身の程をわきまえない姿勢を怒鳴りつけます。

 神々は不死であり、人間は死すべきものであること。そして英雄も、武勇に長けた戦士もしょせん人間であり、神々とは立場が決定的に違うこと。
 これらを恐ろしい剣幕で言うと、さすがのディオメーデースも引き下がります。

 アポローン神はアイネイアースを自分を祀る社があるペルガモスへ連れて行き安置します。アルテミス女神やレート―女神が傷ついたアイネイアースを綺麗にしてあげました。

前半まとめ:神々へ挑むディオメーデース

 第五巻はアテナから力を授かったディオメーデースの武勇譚です。いわばディオメーデース回と言ったところでしょう。
 その力が神々に挑むほどであることから、ここでもまた神々と人間の身分の違いが強調されています。

・ディオメーデースはアテナから力を授かり、戦場で大活躍している。
・パンダロスを殺し、アイネイアースを追い詰めたが、アイネイアースは生き延びる。
・ディオメーデースはアプロディーテに直接ケガを負わせた

 少し、長くなりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。

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