『イーリアス』第四巻をひとつひとつ読む:後編

『イーリアス』

 引き続き『イーリアス』を読んでいきます。今回は第四巻の後半です。

 生々しい戦闘シーンが描かれるのはこの辺りからなので、読んでいてハラハラしますが、戦士たちからしたら10年にも及んでいる戦争なので慣れているでしょうね。

 前回までのあらすじ
 神々の意向で、休戦の誓約はトロイア側から破られることになった。パンダロスの矢でメネラーオスが負傷した事実は、両軍の間での戦争再開の立派な理由となった。

アガメムノーンの戦場検分

 休戦の誓いが破られて、両軍はいよいよ戦闘を始めます。その前にギリシア軍総大将アガメムノーンはギリシアの軍勢を周り、自軍の様子を検分します。

検分①:クレタ島のイードメネウスたち

 まずアガメムノーンが行ったのはクレタ島から遠征に参加した人々のところでした。彼らの大将はイードメネウスです。
 彼はお供のメーリオネースと共に自分たちの戦士たちを鼓舞していました。戦士たちは血気盛んな大将の鼓舞を受け、意気込んで甲冑を着込んでいる最中でした。

 アガメムノーンはこれに感動。すぐさまイードメネウスに「前から君を誇りに思っていた」と伝えます。イードメネウスもお褒めの言葉を預かり、アガメムノーンに対して誠実な友であることを誓います。

 イードメネウスにも勧められて、アガメムノーンは他のギリシア戦士たちを激励するためまた歩き始めました。

検分②:両アイアースたち

 今度はサラミス島からの軍勢の大将である大アイアースと、ボイオーティア地方の北部東海岸あたりのロクリス人たちを率いてきた小アイアースたちのもとに辿り着きました。(同名だが別人)

 両アイアースは甲冑を着込んでおり、さらにその周りには歩兵たちの大群が囲んでいるのが見えました。歩兵たちは隙間などないほどにぎっちりと隊列を組み、槍や楯を突き立てて意気込んでいました。

 アガメムノーンはまた感動。もう彼らには何も言うことはないと再び歩き出します。

検分③:ピュロスのネストールたち

 次に出会ったのはペルポネソス半島の南西部あたりからの軍勢を束ねるネストールとその戦士たちでした。

 ネストールは度々登場しているピュロスの王で、本人は年老いているため戦場にはいけませんが、彼のもっとも得意とする巧みな弁舌で、今にも部下たちを奮い立たせ戦場に送りだそうとしているさなかでした。

 ネストールが統率している軍勢には、ペラゴーン、アラストール、クロミオス、ハイモーン、ビアースといった戦士たちが揃っていたと名が挙げられています。

 そしてその陣形ですが、まず先頭に馬に乗っていたり馬が引く戦車に乗っていたりする騎乗組を並べ、後ろには勇敢な歩兵たちを守りのために配置しました。
 さらに弱そうな人、勇ましさに劣る戦士たちは陣形の真ん中に押しやって、周りを勇ましい歩兵で固めることで、彼らも否応なしに戦闘に参加させる作戦でした。戦場から逃げ帰ることは許しません。

 ネストールは騎乗組に対して
「自分の馬術を過信して一人で敵陣に突っ込んではいけない。また逃げ帰るのも戦力が手薄になるのでダメだ。馬から極力下りずに馬上にて槍で攻撃するのが良い」
と、知将たる工夫を凝らしたアドバイスをしていました。

 アガメムノーンは嬉しくなり、
「あなたの心の意気込みくらいにも、あなたの身体が元気だったらどんなに良かったか。いっそのこと誰か別の人が代わりに老いて、あなたが若返ればいいのに!」
とその老人をほめたたえます。

 するとネストールは
「私もそう思いますよ。でも人間なのだから老いは当然のこと。今は作戦立てとか弁舌とかで励ましましょう。できることをやります。槍を振り回すのは若い人がやってくれるでしょうから」
と答えます。

 ネストールの老いが強調されていますが、この人はそもそも人の三倍生きている長寿なので、もう十分だとは思います……
 若い頃は武勇もあげていて、よくその昔話をしていますが、年老いてから自分のできることをやる方にシフトチェンジした柔軟性が非常に好感が持てます。

検分④:アテナイのメネステウスたちとケパレーネスのオデュッセウスたち

 さて次にアガメムノーンが向かったのはアテナイの辺りから軍を率いてきたメネステウスとその軍勢たちのもとでした。そこにはケパレーネスの島々から来たイタカ島の王であるかのオデュッセウスたちも佇んでいました。

 しかしここら一帯は他の軍勢と違って戦士たちの勇ましい叫び声が聞こえてきません。彼らは始まったばかりの戦闘にまだ参加せず様子見をしていました
 他の軍がトロイア側へ攻撃を仕掛けるのを待ち、戦闘を開始するタイミングを見計らっていたのです。

 アガメムノーンは今度はこれを咎めます。
「他をあてにして何をボーっとしているんだ。君たちは立派な人々なのにこんなところで突っ立ってるなんて」

 オデュッセウスは「自分たちはいつだって熱心に戦っている」と反論します。

 その意気込みを聞けたアガメムノーンは先ほどの言葉を訂正し、
「君の心の中には本当に良い志があり、自分と同じ意見であることを私は知っている。今特別に咎めたり激励したりする必要もないな」
と言い残して彼らのもとを去っていきました。

検分⑤:アルゴス付近からのディオメーデースたち

 最後にアガメムノーンが向かったのは、アルゴスという町付近の軍勢を率いてきたディオメーデースたちのところでした。
 ディオメーデースは準大将ともいえるステネロスとともに佇んでいました。

 戦っていない彼らを見てアガメムノーンは、ディオメーデースの父テューデウスを引き合いに出してしかりつけます。
 アガメムノーン自身はテューデウスを見た事もないですが、彼の武勇伝として有名な「テーバイ攻めの七将」を知っていました。

「テーバイ攻めの七将」
・都市テーバイの王権争いで追放されたポリュネイケース六人の仲間を率いてテーバイへ侵攻した。そのうちの一人がテューデウスである。
・テーバイにある七つの門をそれぞれが担当して戦い、攻め落とすことになった。
・テューデウスが担当したプロイティディス門はメラニッポスが守っていたが、テューデウスはこれに勝利。しかしその際に受けた傷で瀕死に。
・アテナが助けてくれようとしたが、メラニッポスの脳みそを啜っているのをアテナに見られてしまい、アテナはショックで霊薬をこぼしてしまう。テューデウスは死ぬ。
・結局七将のほとんどが戦いで死に、テーバイ攻めは失敗となる。
・(このモチーフは悲劇詩人アイスキュロスによってギリシア悲劇となり上演された)

 有名な「テーバイ攻めの七将」の話の概略は以上のようなもので、それは失敗に終わっています。

 しかし、アガメムノーンはこの前にあったテューデウスの武勇を示すエピソードを示すのです。

~テーバイ攻め前のテューデウスの武勇~
・実際の戦闘の前、テューデウスは使者として一人、テーバイの城へ乗り込む。王権に関する話をつけるためであったが、しかしそれは退けられる。
・テューデウスはテーバイ人と腕比べを挑む。そしてどの競技でも勝利を収める。
・立腹したテーバイ人たちが彼の帰り道に、50人の兵を待ち伏せさせて彼を襲う。
・しかしテューデウスはこれにも勝利。テーバイへ生きて帰れたのはたった一人だった。

 強さと勇ましさを誇ったテューデウス。アガメムノーンはディオメーデースたちを父親より劣っているのだなと責めます。

 これにディオメーデースは何も言わなかったもののステネロスの方が
「私たちは父親よりも優れていると思っています。父親たちはテーバイ攻めに失敗しましたし、実際にテーバイを攻め落としたのは私たちなのですから。一緒にしないでください」
と、反論します。

 これに対し反応したのはアガメムノーンではなく、ディオメーデースの方でした。
 ディオメーデースはアガメムノーンに口答えしたステネロスをしかりつけます。

「黙っていろ。俺は軍の総大将を悪く言うつもりはない。彼は戦士たちを激励するためにこう言っているのだから。俺たちも戦に向けて意気込もうじゃないか」

 こうしてディオメーデースたちも戦への準備を始めました。

ギリシア軍VSトロイア軍、激しい戦闘へ

 アカイア勢(ギリシア)もトロイア勢も戦への態勢を整えました。

それぞれを鼓舞するアテナとアレス

 ここで両軍の様子に対して再び言及されており、ギリシア軍は綺麗に隊列を組み、指揮官以外は黙って確実に前進していました。アテナがついて静かな闘志を鼓舞しています。


 一方トロイア軍は、戦士たちが各々叫び声をあげています。さらい小アジア側から様々な民族が援軍に来ているため、彼らの言葉は同じでなく、異なる言語での叫びが飛び交っていたと描写されています。こちらには軍神アレスがついていました。

 ギリシア軍とトロイア軍の様子の対比は、そのままアテナとアレスという両神へも広げられるかもしれません。


 アテナもアレスもどちらも戦いを司る神ですが、アテナが戦場における知謀や戦略などといった面を強調した神であるのに対し、アレスは血気盛んで殺戮が大好きで、戦いの凶暴性などにフォーカスした神です。
 ギリシア軍が静かに指揮官の命に従って戦いに挑もうとするのに対し、トロイア側は叫びをあげて敵意むき出しの様子で、それぞれに象徴するようなアテナとアレスがついているのは面白いですね。

 アレスはその凶暴さからあまりギリシア人には人気が無かったようです。この『イーリアス』がギリシア軍側からの視点がメインであることを考えると、小アジア側のトロイアの凶暴性を意識的にマイナスに描写し対比させているとさえ思いました。

 さて両軍はついに同じ場所で向き合い、楯を激しくぶつけ合いました。

殺す者、殺される者

 以降は○○が○○を倒した。という描写が続きます。

 さらに槍が甲冑を貫き、馬から倒れ落ちた__などの細かい様子がつづられています。

(以下、カッコ内でどちらの軍の者が示しています)

アンティロコス(ギ)がエケポーロス(ト)を槍で殺す。
②エケポーロスの鎧をはぎ取ろうとしたエレペーノール(ギ)をアゲーノール(ト)が槍で殺す。

大アイアース(ギ)がシモエイシオス(ト)を槍で殺す。
④アンティポス(ト)が大アイアースに槍を投げるが、外れる。槍はオデュッセウスの手下レウコス(ギ)に当たり彼は死ぬ。
⑤怒るオデュッセウス(ギ)が投げた槍がデーモコオーン(ト)に当たる。

 ここでオデュッセウスの怒りの勢いに押され、トロイア軍は総大将ヘクトールともども後退します。すかさずギリシア軍は、倒した武士から武具を剥ぐために死体を自軍の方へ引きずり込みながらも前進していきます。

アポローン登場、トロイア側への激励

 トロイア軍が劣勢になっているのを、見たアポローンは憤り、彼らを励ます言葉をかけました。
「一寸たりとも後退するな! ギリシア軍も大したことはない、それにあのアキレウスもまだいないのだぞ」

 アポローンがトロイアの城塞の高いところからトロイア戦士たちに言う一方……

 ギリシア軍の方についているアテナも負けじと、頑張りが弱い戦士に厳しく激励しました。

 神の励ましを受け、また戦場は活発になります。

⑥ペイロオス(ト)がディオーレウス(ギ)を石塊と槍で殺す。
トアース(ギ)が、とどめを刺し終えたところのペイロオスを剣で殺す。
⑧トアースが率いてきたエペイオイ人たちとペイロオスが率いてきたトラキア人たちが激しくぶつかり合う……

 こうして戦いは続き、ギリシア軍もトロイア軍も数多くの戦士たちが亡くなり、砂塵舞う戦場の中で倒れ伏しました。

前半まとめ:たくさん戦士たちが死んだ……

 ドキドキの展開です。具体的な死者も出てきて、そろそろお気に入りのキャラクターが死んじゃうのではないかとハラハラしています。

・実際の戦争が始まった。両軍は激しくぶつかり、多くの死者が出ている。
アレスアポローンはトロイア側を、アテナはギリシア側を応援し、鼓舞している。

 第五巻はギリシア軍の勇士ディオメーデースの凄まじい武勇が語られています。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。

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