『イーリアス』第七巻をひとつひとつ読む:後編

『イーリアス』

 こんにちは、前回に引き続き『イーリアス』第七巻を読んでいきます。

 前回までのあらすじ
 ヘクトールと大アイアースが一騎打ちを行ったが、伝令使たちがやってきたので決着がつかないまま一騎打ちは中断された。

一騎打ちの中止と一時解散

一騎打ちの中止・解散のすすめ

 伝令使たちがやってきて告げたことは、ヘクトールと大アイアースの一騎打ちをやめさせるという提案でした。

 「最高神ゼウスは両者を気にかけているため、どちらかが死ぬまで続けることはない」ということでした。

 もうすぐ夜になろうとしている時だったため、このまま戦をやめて各々陣地に帰ることを伝令使たちは告げます。
 これを承諾したものの、そもそもヘクトール側から一騎打ちを申し込んだため、アイアースから「やめよう」ということはできません。アイアースはヘクトールの口からそれを皆に知らせるよう頼みます。

 ヘクトールから、今日のところは戦いをやめて帰るように告げます。そうして「互いに生きて帰ったことを仲間と喜び合えるね」と添えてから、贈り物をしあいます。

 両者は贈り物をしあい、友情を芽生えさせた雰囲気で別れます。こうして一騎打ちは中止され、今日のところの戦争も終わりになりました。

ギリシア軍の会議

 ギリシア軍は自分たちの船が停泊している陣屋へ戻ると、すぐにゼウス大神への儀式&食事に取り掛かります。
(神への供犠で捧げた犠牲獣を、儀式ののち人間が焼いて食べるので儀式と食事がワンセットなのが古代ギリシアです)

 アガメムノーンはご褒美として、首から腰までの背中のお肉をまるまるアイアースに分配しました。

 BBQを楽しんで満足したあと、元老のネストールがこんな提案をします。

ネストール
・夜が明けて、次の日は戦争をやめさせよう。そして戦死者たちを火葬する日にしよう。
・火葬場の辺りに一つの塚を築こう。
・さらに、船や私たちを敵から守るために、周囲に塀と堀を築きあげよう。そこには門を作って我々が出入りできるようにしよう。でも敵たちが簡単に入って来られないようにしよう。

 ネストールは、陣屋を囲うように守りの塀と堀を築くことを提案しました。

 改めておさらいすると、ギリシア軍はトロイアの地へ船でぞろぞろ遠征する形で戦争しにやってきました。トロイアの地の浜辺に船を泊めて、そこを拠点にしています。

 トロイア軍はトロイア市内が彼らの拠点です。

 拠点を占拠すれば勝利と言えるので、今は両拠点の間にある平原が戦場になっていますが、もっと戦況が傾くと敵軍が拠点にまで迫ってくる感じになります。
 トロイア側には市を囲う城壁や門があります。自分たちにはそれらがないのが、急に心もとなくなったのか、ギリシア軍は簡易的にでも防御塀を作ることにしました。

トロイア軍の会議

 一方、トロイア側も市内にて会議を開いていました。これからの戦争についての会議です。

 元老であるアンテーノールがこう提案します。

アンテーノール
・ヘレネーをギリシア側へ返そう。財宝なども多くつけ添えて。
・我々トロイア側が不義を働いてこの戦争が起こっているのだから、こうでもしないと我々がこの先得できる未来などないのでは。

 アンテーノールの「ヘレネー返却」という提案にトロイアの多くの人が賛成の意を示しました。

 ここで立ち上がったのは、パリスです。

パリス
・アンテーノールの言ったことは私の気に合わない。
・真剣にそう言っているのなら、神様方が貴方の分別を失わせたということでしょう。
・みんなの前で宣言しとくけど、ヘレネーを返すなんてまっぴらごめんだし、そんなこと頭から考えてない。
・財宝は渡してやってもいいけど。

 パリス、パリス、パリス! お前というやつは……と思わず口にしてしまいそうになるほどの潔さ。ここまで来ると気分がいいです。

 そこで入れ替わりにプリアモス王がこう言います。

プリアモス王
・今のところは、皆、今まで通りに食事をしたのち、見張り番を夜通しで行おう。
・そして朝になったら、今パリスが言ったことをギリシア側へ伝えるため、伝令使を派遣しよう。
・なぜならパリスがこの戦争を起こした張本人なのだから(彼の意見を採用しよう)
・併せて、死者を埋葬するためにしばらく休戦することも提案させよう。

 プリアモス王は知恵にとんだ人物でしたが、息子のパリスの意見を採用しました。もはや張本人の手にすべてを委ねることにして、それがどんな結末を導いても、天命として受け入れるという達観すら感じます。

死者埋葬のため休戦の約束

トロイア側からギリシア側へ

 翌朝、トロイア市内からギリシア軍の陣地へ伝令使イーダイオスが出かけていきました。

 ちょうどアガメムノーンの船の傍らに大将たちが集まっているのが見えたのでそこへ向かうと、大きな声で昨晩の会議で決まったパリスの意見を伝えます。

 イーダイオスは、最初から「これはパリスが言い出した意見であって、他の多くのトロイア人はみんな反対したのに」と付け加えています。不服なイーダイオスさんは、パリスが以前にさっさと死ねばよかったのにとも言っています。

 ともあれ、イーダイオスの意見にギリシア側はいったんひっそり静まり返りました。

 そこで。

「けっして今更、アレクサンドロス(パリス)から、財宝など受け取ることはない、ヘレネーにしてもだ。たとえどんなに愚かな者でも、よく知っていよう、もうトロイアの人々には破滅の首吊り縄が、結わえつけられていることを」
(世界古典文学全集 『ホメーロス』 高津春繫、呉茂一訳より引用)

 ディオメーデースがその場にいる全員にそう言い放ったのです。

 破滅の首吊り縄……ディオメーデースさんの言い回しは毎度かっこいいですね。ちょっと中二病っぽいかもしれませんが。

 ディオメーデースの言葉に静まっていたギリシア軍は雄たけびを上げます。

 アガメムノーンもそれに同調し、死体焼却のための休戦期間を設けることには賛同しました。彼がその誓いを笏杖を掲げて神にも示したのを見て、伝令使イーダイオスはトロイア側へ帰っていきました。

両軍、死者埋葬

 太陽がまた新たに上り新しい朝が来ました。今日は戦争をやめて、両軍とも戦場に残された死体を埋葬する日です。

 トロイア側もギリシア側も戦場で顔を合わせましたが、特に何も言うことなく、互いに自軍の仲間だった死体を運んでいきます。無言のまま胸を痛めながら、それでも泣くことは戦士として耐え忍びつつです。

 死体は一つの場所へ積み重ねられ、火が灯されます。すっかり焼き終えるとトロイア戦士たちは市内へ帰っていきました。

ギリシア軍、守りのための塀を築く

守りのための塀、堀

 さらに次の日の未明、会議で決まったようにギリシア軍は自分たちを守るための塀と堀を築き上げる作業に取り掛かりました。

 火葬したあたりの場所に囲いを作って壁を建設し、出入り口として門もこしらえます。そうして塀ができると、その外側には堀を深く掘って、そこに杭をたくさん突き刺しておきました。

 こうすれば槍を投げても塀が防ぐし、深い堀によって進軍も食い止められます。ギリシア軍の防御が強化されました。トロイア戦争十年目にして今更感はありますが、これもアキレウスの不在という異常事態が引き起こしたことなのでしょう。

神々、当惑する

 以上のような作業を早朝から頑張るギリシア軍を見て、天上の神々はたいそう驚きました。そうして神々の間で「ん? 何やってんだあいつら」「なんか塀とか堀とか作ってるみたいよ」のような空気が流れ始めた事でしょう。

 その様子に最初に言及したのはポセイドンです。

ポセイドン
・ギリシア軍がなんかああやって塀とか堀とか築いているみたいだな。というのに我々への供犠は全くやっていないが。
・とはいえこのことは他の国にも広まって伝えられるだろうよ、俺とアポローンがトロイアの城壁を築いたことがすっかり忘れ去られるのとは違って。

 トロイアの国王がラーオメドーンだったころに、ひょんなことからポセイドンアポローンは奴隷として人間界で働くという罰を受けることになり、今の立派なトロイアの城壁を築くという作業をした過去がありました。

 そんなことを引き合いに出しながらも、ギリシア軍の仕事を少しからかいつつ驚いているのが分かります。

ゼウス
・いやいや、ポセイドンたちの素晴らしい評判の方は後世に語り継がれて残っていくだろうよ
・一方、今ギリシア人たちが築いた、なんかよくわかんない塀とかはこの戦争が終わったらポセイドンの力で海へ流しきってしまうのはどうだ?

  ポセイドンに対するゼウスの返答からも、天上の神々が当惑している様子がうかがえます。

盛り上がる宴

 建築の作業も終わり、日が沈むころになると、ギリシア軍たちは各々の陣営で神々へ牛を屠り祈ったのち、晩餐を始めました。

 ちょうどその時、ギリシアのレームノス島からエウネーオスという男が何隻もの船を出して、トロイアの地へお酒を持ってやってきていました。
 遠征を頑張るアガメムノーンとメネラーオスへ美味しいお酒をお土産に渡す目的もありました。

(エウネーオスさんですが、「アルゴー船の冒険」の主人公イアソンの息子さんです)

 そこでギリシア軍たちはお酒の売り子さんに、青銅やら鉄やら、牛の革、牛そのもの、あるいは奴隷を代金として納めお酒をたくさん購入。宴は一層盛り上がります。

 一方その頃トロイア人たちも、市内で宴を催し、こちらも大盛り上がりでした。

 しかし、そこでゼウスが、まるで「おい、はしゃぎすぎだ。お前たちには恐ろしい戦いを続けてもらうからな」と引き締めるがごとく恐ろしい稲妻をピシャーンと鳴らしました。

 両軍ともいい感じに楽しんでいたのが一転、禍の気配にすっかり縮み上がってしまい、すぐにまた神々へ祈りだします。

 そうして夜は更け、人々は宴を終えると眠りにつきました。

まとめ:死者埋葬と塀と堀の建築

 ここでは戦いはいったん休止して両軍が各々、死者を埋葬する場面が描かれています。
 もう一つ着目すべきが、ギリシア軍たちが行った建築作業です。休戦の約束を交わしたとはいえ、血生臭い戦闘からは離れた地味な戦争が垣間見えます。神々の反応もおもしろいです。

・ヘクトールと大アイアースの一騎打ちは中止。どちらも生存。
・一時的な休戦で、両軍ともに死者を埋葬した。
・休戦期間にギリシア軍は自分たちの拠点を塀と堀で囲んだ。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。

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