『イーリアス』第五巻をひとつひとつ読む:後編

『イーリアス』

 前回に引き続き、『イーリアス』第五巻を読んでいきます。第五巻はディオメーデースの武勇が語られていますが、後半においても、いろいろな登場人物の描写を挟みながらもそれは続きます。

 前回までのあらすじ
 アテナから力をもらったギリシア側の戦士ディオメーデースは、戦場で大活躍。トロイア側の英雄アイネイアースを追い詰める。さらにはトロイア側についている神であるアプロディーテにまでケガを負わせ、アポローン神にまで食って掛かろうとする勢いであった。こうしてギリシア軍優位の戦況に。

アレスの戦場復帰

アポローンがアレスを呼び戻す

 アテナの口車に乗せられて、戦場から一人退いていた軍神アレスでしたが、トロイア軍の苦境を見たアポローンが彼のもとを訪れます。

 ディオメーデースの暴れようを伝え、彼を戦場から引き下がらせるように頼まれます。アレスは腰を上げて早速戦場へ戻っていきました。

 アレスはトロイア側についているトラキア人たちの大将アカマースの姿を借りて、トロイア戦士たちを鼓舞します。
 戦場に倒れているアイネイアースを救い出そうとプリアモスの息子たちをはじめ、皆に呼びかけるのです。
(実際には、アイネイアースはアポローンが自らの聖域へ避難させており、代わりとして置いておいたアイネイアースの幻像です)

サルペードーンからヘクトールへの非難

 さて、アレスによる激励があった際、サルペードーンというトロイア側の大将の一人もヘクトールに向かって厳しい言葉で喝を入れていました。

 サルペードーンはトロイアからだいぶ離れたリュキアの方からの軍勢を率いて駆けつけてくれた対象です。

サルペードーン
・ヘクトール、お前が以前持っていた勇気はどうしたんだ。お前らの兄弟たちも尻込みして全然戦ってないじゃないか。援軍の我々の方が戦っている。
・我々も随分遠いところから、妻子や財産を残して援軍に来ているのだ。お前たちはというと全然踏ん張っていない。
・気を付けた方がいいぞ。敵の捕虜や餌食にならないように、ちゃんと戦場のことに気を配り、援軍に来ている他国の大将たちにもよく頼み込んどいた方がいい。

 この非難がヘクトールにはずっしり重く響きました。言われてすぐにヘクトールは戦車から降りて、トロイア戦士たちの間を歩き回り、戦士たちを戦いへ意気込ませます。

 もちろんギリシア軍も闘志を燃やし続け、引こうとはしません。

アイネイアースも帰還、激しい戦闘へ

 アポローンは、ギリシア側についているアテナが離れていったのをちゃんと見計らってから、アレスにトロイア軍を鼓舞させ、アレス自身も戦うようにしていました。

 またアポローンはアイネイアースを自分の社殿から戦場へ戻してやりました。自分たちの大将が元気に戻ってきたのを見て戦士たちはさらにやる気を取り戻します。

 ギリシア軍はというとアテナは去りましたが、両アイアースやディオメーデース、オデュッセウスたちらが引き続き、軍の士気を高めています。いきりたつトロイア軍にも恐れないで逃げずにとどまっています。

 アガメムノーンも戦士たちを鼓舞しながら、実際に相手の軍のデーイコオーンを投げ槍で殺します。
 デーイコオーンはアイネイアースの仲間で、人々に先駆けて敵と戦うその足の速さが評価されていた男でした。

アイネイアースの戦果

 今度はアイネイアースがギリシア軍側の、クレートーンとオルティロコスという二人の戦士を討ち取りました。彼らはピュロスの方の出身で、ディオクレースの息子たちでした。

 少し個人的な感想を挟むと、この二人がやられた時の例えが印象的だなと思いました。人がやられるときは具体的な描写と比喩が一緒になって語られることが多いのですが、ここでの例えは
「二匹の獅子が母獅子に育てられ立派に成長し、様々な立派な牛や家畜を食らうようになる。そして自身たちも人間の手によって殺されてしまうような~」
という、なんかただ個別的な死だけでなく、死の連鎖の過程にいる感じがして綺麗ですね。

メネラーオスも活躍

 さて、この二人の屍がトロイア側に奪取されないように、すぐにメネラーオスが戦線へ出てきます。アイネイアースと槍をたがえるほど接近し、一触即発状態でしたが、メネラーオスを心配して追って来ていたアンティロコスが到着し、2対1になると流石のアイネイアースも遺体の奪取を諦めました。

 メネラーオスたちはその後、ピュライメネース、ミュドーンというトロイア戦士たちを討ち取りました。

 アンティロコスが討ち取ったミュドーンさんですが、馬の手綱を引いている肘へ石を投げつけられ負傷し、こめかみを剣で刺されて落馬。頭から真っ逆さまに落ちて、長い間、地面に突き刺さったままだったそうです。しばらくしてから馬たちに蹴飛ばされて倒れ伏したという、そこそこショッキングな最後でした。

ヘクトールの戦果

 今度はトロイア軍がヘクトールを先頭に、仲間をやられた恨みを胸に迫ってきます。ヘクトールの周りには大槍を振り回しながらアレスとエニューオー女神(争いの女神? アレスほど人格化されていない)がついており、その姿を見破ったディオメーデースはその恐ろしさに後ずさりします。

 またその事実を仲間にも伝え、神とやり合わないほうがいいとアドバイス。(自分はやるのに)

 その間、ヘクトールはメネステースとアンキアロスという二人のギリシア戦士を討ち取りました。

大アイアースの応酬

 大アイアースは彼らを悼み、早速トロイア側のアンピオスを槍で殺します。
 アンピオスさんはパイソスというところで広い牧場を経営していた人でしたが、運命のもと、トロイアで戦死することになりました。牧場に居れば安全だったのにとは思いますが、すべては運命がそうさせるので仕方ないですね。

 アンピオスから武具をはぎ取ろうと大アイアースが近づくと、トロイア側から「そうはさせない」とたくさんの槍が飛んできて、最初は踏ん張っていた彼も撤退します。

トレーポレモスVSサルペードーン

 苛烈な戦場の中、二人の戦士が相まみえます。ギリシア軍のトレーポレモス、トロイア側のサルペードーンです。

 トレーポレモスは父に英雄ヘラクレスを持ち、さすれば祖父はゼウスです。一方、サルペードーンも、父がゼウスである英雄。

 トレーポレモスは父ヘラクレスの栄光を持ち出します。
 ヘラクレスは、ギリシア神話の中で最も偉大な英雄であると言え、彼の功績はいくつもありますが、その一つに、第五巻前半部で出てきていた「トロースの駿馬」が絡むトロイア国との事件がありました。

 ゼウスがトロイア王族へ送った駿馬が欲しくなったヘラクレスはトロイアに行きました。当時のトロイア王ラーオメドーンは海神ポセイドンと問題を起こし、罰として怪物に苦しめられていました。それをヘラクレスが助けてあげたのですが、ラーオメドーンは報酬である駿馬をくれず、怒ったヘラクレスはわずかな仲間たちとトロイアを攻略したのでした。

 つまりトレーポレモスの父はトロイア戦争のずっと前にもっと少人数でトロイアを攻め落としています。このエピソードを誇示し、トレーポレモスはサルペードーンを挑発したのです。
 サルペードーンも例の一件がラーオメドーンの驕りと理不尽であることを承知しています。彼もトレーポレモスに毅然とした態度で臨み、二人の戦闘が始まりました。

 二人は同時に槍を投げ合いました。サルペードーンの放った槍はトレーポレモスの首の方へ命中。トレーポレモスの放った槍はサルペードーンの左ももに突き刺さりましたが、ゼウスの助けにより致命傷は避けました。

 倒れた二人を、各軍が自らの軍勢の方へ、敵側にとられぬようにと引っ張っていきます。

 トレーポレモスが倒れたのを見てオデュッセウスは胸を掻き立てられました。彼は、サルペードーンを追撃することは叶わなかったがものの、リュキア人たちのコイラノス、アラストール、クロミオス、アルカンドロス、ハリオス、ノエーモーン、プリュタニスを殺しました。

 オデュッセウスのすさまじい勢いもヘクトールが駆けつけると弱まり、それ以上の戦果はストップでした。
 ヘクトールの猛烈な闘志を見てサルペードーンは倒れながらも褒めますが、ヘクトールは戦いで忙しいので無視。その後、サルペードーンの腿に刺さった槍は家来によって抜かれ彼は一命をとりとめました。

ヘクトール&アレス、トロイア軍形勢逆転

 アレスと共にあるヘクトールの猛攻は凄まじく、ギリシア軍はそれを目にとめると、少しずつ後ずさりしてしまいます。そうして形勢逆転、今度はトロイア側がギリシア軍を追い詰める形に。

 この時、ヘクトールは、ギリシア軍のテウトラース、オレステース、トレーコス、オイノマオス、ヘレノス、オレスピオスを手にかけました。

 この辺りは名前だけしか言及されない方々ですね。まぁ名前が出ているだけモブとも言えないかもしれない。同名の人も多いので、たまに聞いたことのある名前がサラッと死んでいくとギョッとしますね。しかしそういう場合は大体同名の別人さんです。有名な人は必ず、エピソードに言及されていますので。
(それにしてもクロミオスさんが何度も殺されている気がするのは気のせいだろうか?? 同名の別人?)

再び、アテナたちが介入

ヘーラーとアテナが地上へ

 ギリシア軍の劣勢を案じて、ヘーラーアテナが再び地上へ降りてきます。

 ヘーラーは黄金で作られており、また優れた神馬に引かせている戦車に乗っています。

 アテナはというと、自分で織りなした衣(アテナは技巧の女神でもあります)と防具、そして代名詞アイギスという楯を身に付け武装します。
 このアイギスにはゴルゴン三姉妹の三女で、ペルセウスによって退治された怪物であるメデューサの首が付けられています。槍も持ち兜もかぶり準備OKです。

 ヘーラーが手綱を握った馬車はオリュンポスを出発します。

 ここではホーライという季節を司る女神たちが、オリュンポスの出入り口を開け閉めしていると描写されています。雲を散らして開き、また寄せ集めて閉めるのだそうです。

 二人の馬車はいったんゼウスの姿を見つけると停車します。
 ヘーラーはゼウスに「アポローンがけしかけて、アレスが戦争に加わって好き勝手しているから私が追い払ってもいいか」と尋ねます。
 ゼウスは「それならアテナが適任だ」と述べます。いつもアレスはアテナに痛い目にあわされているからと添えて。

 さてゼウスからの許可も貰った二人は地上、トロイアの地に降り立ちます。馬車から降りると、馬たちのために、靄の中から神の食べ物「アンブロシア」を生え出させご飯としてあげます。

 それを終えてからギリシア軍がいる場所に向かうと、ヘーラーは声が良く通るステントールという人の姿に化けて、ギリシア軍を非難し、彼らの闘志をメラメラと燃え立たせました。

アテナとディオメーデース

 アテナはというとディオメーデースの隣へやってきていました。アテナが行ったころには、ちょうど彼はパンダロスにやられた矢の傷の手当てをし、戦闘を休んでいるところでした。
 傷が武具で擦れて、汗で痛んでいたのを冷やしていたそうです。

 そこでアテナは彼をしかりつけます。(傷の手当くらいさせてあげてほしいですが)またまた、父テューデウスのテーバイに単身で乗りこんだあの武勇譚を繰り返し、ディオメーデースを臆病だと非難します。

 ディオメーデースは目の前の人物が誰であるのかを心得ていました。そのためこう訴えます。

「アテナ様が先ほど言ったことを守っているのです。アプロディーテのことは槍で突いたけど、他の神々とは戦ってはいけないということをです。今はアレス神が戦場に出ていますので

 この言葉にアテナがなんて答えたかというと……

「アレスだって怖がるんじゃないよ、あいつのことだって突いておやり!」(要約)

(アテナ様はこの後、さんざんアレスの悪口を付け加えていました)

 そうして馬車からステネロスを押し出すと、アテナ自らディオメーデースと馬車に同乗します。そしてアレスのもとへ向かいました。

 アテナは自分の姿がアレスに見えないようにと、冥界の王ハデスの「かくれ兜」を被りこみました。
(この兜ですが、冥界の王であるハデス神の代名詞というもので神話では頻出するひみつ道具です)

ディオメーデースVSアレス!

 アテナと共に、トロイア側で暴れまわるアレスに向かって行ったディオメーデース。
 その時、アレスはペリパースというギリシア戦士を倒し武具を剥いでいるところでした。しかし、ディオメーデースの姿が見えると、途中でもそれを止めて彼を迎え撃とうとします。

 先制攻撃をしたのはアレスです。彼は槍をディオメーデースに向けて突き刺しますが、アテナによってそれは外れます。

 今度はディオメーデースの番です。同じように槍を突き出すと、アテナがアレスの腹巻のちょうど下の方へ向かせるように調節してあげたので、槍の切っ先はアレスの腹部に突き刺さります! そうしてさらにそれを引き抜きました!

 刺されて、抜かれて、アレスはたまらず喚きます。彼の喚き声は大きく恐ろしく、その場にいた全兵士が恐れで震えてしまうほどでした。

アレス、天上へ逃げ帰る

 ディオメーデースに(というかほぼアテナに)腹をやられたアレスは、天上へ逃げ帰っていきました。ディオメーデースにもその様子ははっきりと見えました。

 オリュンポスに帰ったアレスは、軍神らしくもなく、神血を流しながらゼウスのもとへ泣きつきます。

 アレスはアテナのことを、「分別のない女」だとか、「ディオメーデースをけしかけて、アプロディーテにも自分にもこんなひどいことをした」だとか言葉を並べて訴えますが、ゼウスはそんなアレスを突っぱねます。

ゼウス
・お前(アレス)はオリュンポスの神々の内でもっとも気に入らないやつだ。
・お前は戦とか喧嘩をいつも好んでいる。
・それにお前の母(ヘーラー)も、抑えようがなくて厄介なやつだ。
・でもお前は自分とヘーラーの子だから、酷い罰は与えないでおいているのだ。

 このように散々な言われようです。ヘーラーはゼウスの正妻であり、アレスは数少ない彼らの正式な子供なのですが、同じ戦の神であっても、ゼウスはアレスより、ゼウス1人で生み出したアテナの方がお気に入りなのです。ヘーラーの血が入っているのが嫌なのでしょうね。

 この後、アレスは医療の神パイエーオーンの手当てを受け、青春の女神へーべーによって身を整えてもらい休むことになりました。

 一方、地上に降りていたヘーラーとアテナの女神たちも、アレスが天井に帰ったのに安心して、自分たちもオリュンポスへ戻ってきました。

まとめ:ディオメーデースの武勇(ほぼアテナのおかげ)

 このようにして一区切り、第五巻は終わっています。

 第五巻はディオメーデースの武勇譚なのですが、ふたを開けてみればほぼアテナの介助があってこそですね。力を与えるだけではなく、結局槍での攻撃の向きを変えるなど個別的な攻撃にもいちいち関与しています。

・アポローンが戦場にアレスを呼び寄せた。
・アレスはトロイア側として戦い、暴れまくった。
アテナが地上に降りてきて、ディオメーデースと二人でアレスを攻撃し、アレスは帰った。

 さて戦闘描写は第六巻でも続きます。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。

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