ギリシア神話の第三の性! ヘルマプロディトスくんに迫る【ヘルマプ前編】

ギリシア神話

はじめに

 第三の性と聞くとどのようなイメージを浮かべるでしょう?

第三の「第」には英語で言うtheのような、特定のものを示すニュアンスがありそうだけど、実際にこの語が指すのは不特定多数です。

 つまり第一の性と第二の性があって、それぞれ男と女だとする。
(どちらが第一か第二かということは言及しない)
 それで、男にも女にも分けられないもの、男女以外の全ての性を第三の性でまとめて呼称しているってのが実態です。

 現代に置いて、この第三の性は多様すぎて定義づけられません。
 LGBTQやセクシャルマイノリティ界隈の用語をあたると、中性、無性、両性、ジェンダーフルイドなどなどわんさか出てきます。まさに性はグラデーション。

 さて、神話の世界はどうかな。

 世界中の神話にも男女のどちらにも分けられないもの、性別の壁を越境したものが一定数存在します。

 私はLGBTQの、主にTQあたりに関心があるし、自称当事者でもあるゆえに、神話世界に見られるこのような存在にも非常に興味関心を持っています。

ギリシア神話の第三の性。ヘルマプロディトス

ヘルマプロディトスとサルマキス

 第三の性としてあまりにも有名な神話及び人物には、ギリシア神話のヘルマプロディトス君が上げられます。

 この話はオウィディウス『変身物語』の第四巻二百八十行くらいからニンフたちのおしゃべりの中で語られます。

 講談社学術文庫の大西英文訳の、注を参照すると、小アジア南西部カリア地方のハリカルナッソスという地域に「サルマキス」という泉があるんですね。

 そのサルマキスという泉にはどうやら、泉の水を飲んだ男性を「女性化する」あるいは「柔弱にさせる」という伝説があったようです。
 その伝説の縁起は何かという話を、別のニンフたちが語る形で紹介されるエピソードです。

神話の内容はこんな感じ

 ヘルマプロディトス君とサルマキスの神話はざっくりこんな感じ。
(くどいので、ヘルマプロディトス君はヘルマプ君と略しています)

・伝令神ヘルメスと愛と美の女神アフロディーテから生まれた子供は、両親の名を取って「ヘルマプロディトス」と名付けられた。
・彼は非常に美しく、顔を見ただけで両親がわかるほどに神々しかった。

・イダ山で水の妖精たちに養育されたヘルマプ君は、十五歳の頃に巣立ち、彼の強い好奇心に導かれるまま様々な場所を旅して巡っていく。

・そうしてとある泉に辿り着く。

・その泉にはニンフのサルマキスちゃんが住んでいた。
(ニンフや河神などの、神というよりもむしろ土着の精霊に近いような神格は、よく地名や河川の名前と同じ名前のまま神格化されています)

・サルマキスはニンフのくせに、狩猟も全然せずにマイペースに、泉で自分の身なりをいじいじ整えたり、薄衣を纏いごろんと寝転んだり、お花を摘んだりするばかり。
 他の姉妹からのアドバイスも聞こうとしない。
(ニンフは主に森の中にある泉や森自体に身を置くため、森の女王で狩猟の女神アルテミスに仕え狩猟を頑張ります。しかしサルマキスはそれをしなかった)

・ヘルマプ君が彼女の泉にやってきたのも、ちょうどサルマキスが花を摘んでのんびりしているときだった。

・サルマキスはヘルマプ君に一目惚れし、すぐに自分のものにしたいと焦がれるようになった。

・身なりをチェックしてから、サルマキスは彼に猛アタック。口説き文句を並べ早速求婚する。
 しかしヘルマプ君は恋を知らぬ少年で、彼女の言葉に頬を染め、言葉で抵抗した。

・サルマキスは一度は諦めたフリで彼のそばを離れたが、実は物陰からこっそり彼を覗いていた。

・一人になったと安心したヘルマプ君は湯浴みをしようと裸になり、そのまま泉の冷たさに夢中で泳ぐ。

・サルマキスは彼が裸になる瞬間を逃さないで、陰から飛び出すと、無理矢理抱きつく!
 必死に抵抗するヘルマプ君。
 それでも絡みついて離さないサルマキスの攻防が続く。

・サルマキスはそうしながら神々に祈った。
「この子が私から引き離される日が来ませんように!」

・その願いは聞き入れられ、サルマキスとヘルマプ君の身体は融合し、みるみるうちに二人は一人になっていく。
それは半男半女の複合体。男でも女でもないと同時に男でも女でもある姿だった。

・ショックを受けたヘルマプ君は父と母に願い、この泉に入った者は自分と同じようになるように祈った。
 その願いは聞き届けられ、サルマキスの泉にそのような伝説が残っている……。

これを読んでみて……

 うーん。可哀想に。

この神話から、ギリシア語でも「両性具有者」のことを
ヘルマプロディートス
(Ἑρμαφρόδῑτος ιが長音。「ディー」って伸ばすよ)
と呼び、その語はもはや一般名詞化されています。

 さらっと読むと、「可哀想に」という感想が出てくる神話ですが、当然疑問もいくらか出てきます。

 ……サルマキスどこ行った? ……ヘルマプくんの中で生き続けるということ? 二つは一つになったけれど、最終的に祈っているのはヘルマプ君なので、意識はヘルマプ君しか残っていない。

 私がこの神話が好きなのは、両性具有がしばし「完全性」の象徴として扱われることも多い神話の世界において、哀れなものとして扱われている点が興味深いからです。

 後半では、個人的に湧いてきた疑問を吟味してみましょう。

 ここまでよんでくださりありがとうございました。後編もどうかお付き合いくださると幸いです。

 このページは  オウィディウス著 大西英文訳『変身物語 上』、講談社学術文庫、2023 に基づいて書かれています。

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