こんにちは、今回はイーリアス』第七巻前半部を読んでいきます。
前回までのあらすじ
アテナ神殿へ祈りを捧げるよう伝言を頼まれたヘクトールは、一時的に戦線を離脱しトロイア市内へ帰った。そこで妻子との再会を果たすなどしたのち、弟であり戦争を引き起こした張本人のパリスを引き連れて再び戦場に戻ってきた。
神々の取り決め
ヘクトール(&パリス)の猛攻
トロイア市内から戦場に戻ってきたヘクトール、パリス兄弟は早速ギリシア軍を攻め立てます。大将が離脱し疲れ切っていたトロイア軍にとっては待ち望んでいた存在でした。
二人はメネスティオスというアルネー(地名)付近に住んでいたギリシア兵士やエーイオネウスという兵士を討ち取ります。
それに勢いづいたのか、トロイア軍の主将の一人であるグラウコスもイーピノオスを倒します。
ヘクトールが帰ってきたことによりトロイア軍は士気を取り戻して猛攻しだします。
アテナとアポローンの話し合い
その様子を見て慌ててやってきたのが、ギリシア軍をひいきにしているアテナ女神です。オリュンポスから戦場へ向かいます。
それをアポローン神が見ていました。そうして自分もトロイア側についている身として、一緒に降りていき、両神はかしわの木の傍らで出会います。
(かしわの木は最高神ゼウスの聖木。アテナもアポローンもゼウスの子供)
ギリシア軍についているアテナとトロイア軍についているアポローンは、一応神々として冷静さを装ってはいたものの、もしかしたら相手に対してイライラしていたかもしれません。
アポローン
・どうしてゼウスの娘ともあろう貴方が勢いよくトロイアの戦場へやってきたのです?
・まぁ、ギリシア軍のために戦況を立て直そうと思っているのでしょうね、トロイア人のことは気にもなさらないで。
・今日のところは戦いをやめさせるというのはいかがですか? そっちの方が良いと思いますが。
アテナ
・そうしましょう、それが良いと思って私もトロイアの戦場へやってきたのですから。
・しかし、どのようにして人間たちに戦いをやめさせますか?
アポローン
・ヘクトールを使いましょう。彼に一騎打ちを提案させて、ギリシア軍の誰か一人をヘクトールと一騎打ちさせるのです。
こうして両神は意見を一致させました。アテナは完全にギリシア軍に味方しトロイア勢を追い詰めようとしていたと思われますが、アポローンには嘘をついているように思われます笑
ヘクトールの宣言
アテナとアポローンの決め事をトロイア側の鳥占使いヘレノスが、ピーンと悟りました。(鳥占いはしないで直接頭に啓示としてやってきたのでしょう)
そのことをヘクトールに伝えます。ヘレノスはこの一騎打ちでヘクトールが死ぬことはないとこれまた啓示により悟っていました。
ヘクトールはその知らせを聞いて大喜びし、トロイア兵士たちを座らせます。それを見たギリシア軍も総大将アガメムノーンによって座らされました。
アテナとアポローンはハゲタカに姿を変え、かしわの木にとまって様子を見ていました。
ヘクトール
・ギリシア軍の中で私と一騎打ちを受ける者はここへ出てくれ。
・私がその人に殺された時は、武具を奪うのは良い。しかし死体は残された者たちが悼めるようにトロイアに返してほしい。
・私が相手を殺した時は、そのような誉を授けてくれたアポローン神へ奪った武具を捧げよう。相手の骸はギリシア軍にしっかり返す。相手側がきちんと追悼できるように。
・その人の墓を見て「あいつヘクトールに殺されたんだって」と言われ、私の誉れも永遠になるだろう。
ヘクトールは礼儀があり、しっかりした印象の勇士です。敵も同じ人間であり、戦士として戦場で戦いはするものの相手への敬意を持っていることが感じられます。
ヘクトールはあくまで常識的で人間味があるんですよね。自由奔放な英雄たちとはやはり違います。
(ギリシア軍には自分の名誉が汚されたからと自軍に疫病を願った英雄がいましたね……)
ギリシア軍から誰が名乗り出るか……
メネラーオス立ち上がる
ヘクトールとの一騎打ちを誰が引き受けるか。ギリシア軍から誰も名乗り出ないまましばらく経過しました。
拒絶するのは恥だとわかっていながらも、相手は敵軍の総大将です。命の保証はないのはわかり切ったことでした。
みな内心「もう、誰かはやく名乗り出てくれよ~……」という感じだったに違いありません。
そんな気まずい空気にメネラーオスが立ち上がります。
メネラーオスは情けないギリシア軍を非難しつつ武具を着込みます。
しかし彼を他のギリシア軍大将たちが引き留めました。メネラーオスよりもヘクトールの方が強いことが分かりきっていたからです。
メネラーオス的には、戦いの結果は神々の手に委ねられているのでどうしようもないという気持ちでしたが、兄であるアガメムノーンまでもが
「アキレウスもヘクトールとの戦いには怖気づいてしまっていたのだ。お前、正気の沙汰じゃないぞ」
と言えば、メネラーオスもすごすごと戻って座りました。
ネストールの昔話
ようやく名乗り出たメネラーオスもダメとなると、またまた誰が出るかの気まずい空気に戻ってしまうように思われました。しかし、今度は違います。元老であり、弁舌に優れたネストールが語り始めたのです。
ネストールは「あのペーレウスが嘆くだろう」と前置きします。ペーレウスはアキレウスのお父さんで今はネストールと同じくらいの元老の立場であろうと思われます。
そうしてネストールの昔話が始まりました。
ネストールの昔話
・昔、ピュロス(ネストールが王を務める国)とアルカディアが、川を挟んで戦った時のこと
・敵軍からエレウタリオーンが名乗り出た。
・(エレウタリオーンは仕えていたリュコエルゴスが老いたときに譲り受けた鎧を身にまとっていた)
・(その鎧はもとは棍棒使いとして名を馳せたアレーイトオスの鎧だった。彼をリュコエルゴスが倒した際に奪ったものだった)
・そんな甲冑を着込んだエレウタリオーンを恐れ、誰も迎え撃とうとはしなかった。
・でも私は違った。当時一番若かった私は心が血気にはやり、彼を迎え出た。
・アテナ女神が誉を授けてくれたので私はエレウタリオーンを討ち取ったのだ。
・あぁその頃の若さに今戻れたなら、ヘクトールを迎え撃ったのに。全く今のギリシア軍は……。
鎧の話は少し長いですが、つまりは「強者から強者へ渡っていった由緒ある鎧だよ」という説明文です。「それを着たエレウタリオーンは凄まじいオーラだったけど、俺が倒したよ」という自慢話ですね。
九人のギリシア戦士が立候補、くじ引きへ
ネストールの昔話は長いが、説得力がすごい。
現代日本なら煙たがられる「最近の若者は~、俺が若い頃は~うんぬんかんぬん」といった話でしたが、古代ギリシアだと効果絶大。
ギリシア軍に集った九人の大将たちが感化されて名乗りを上げます。
【名乗り出た9名】
アガメムノーン(ギリシア軍総大将)
ディオメーデース(第五巻でアプロディーテやアレスを傷つけた功績あり)
大アイアース
小アイアース
イードメネウス
メーリオネース(イードメネウスの従者だが、本人も軍神に例えられるほどの強さ)
エウリュピュロス
トアース
オデュッセウス
途端に9人の者が名乗り出たので、誰にするかくじ引きで決めることに。くじに自分の印をつけて、アガメムノーンの兜に入れます。神様に誓いながら、くじを振って、飛び出してきたのは……。
大アイアースの印がついたくじでした。
伝令使たちがそれを持って軍勢をウロウロします。みんな「誰のかはわかんないけど、とりあえず俺のではないな」と判断。
そして当の本人アイアースのところへ来ると、彼は喜んで意気込みました。
大アイアースVSヘクトール!
アイアース、戦の準備をする
大アイアース(以下、アイアース)は武具を着込んでいる間に、家来たちにゼウス大神に祈るように告げました。
兵士たちは言われた通りゼウスに祈りを捧げます。
「アイアースが勝ちますように。あるいはヘクトールのことも大切だというのなら、双方に同等の武勇と誉れをお授けください」
アイアースが甲冑を着込み、武器を手にして進んでいく様は軍神アレスに例えられています。(だいたい強い兵士はアレスに例えられがち)
彼は「ギリシア軍の守りの垣」と言われる男です。アキレウスの次に優れている戦士、つまりギリシア軍№2の強さを誇っています。しかも今はアキレウスが戦線から引いているので実質ギリシア軍最強の男です。
同姓同名のアイアースさん二人を大アイアース、小アイアースと区別しますが、彼は、「もう一人のアイアースさんと比べて大きいよ」というので大アイアースとなっているのではなく、実際に兵士たちの中でとても大きな身体を持っていたと思われます。だから「守りの垣」なのですね。
ちなみに私たち現代人はギリシア神話で言うと五番目の人種「鉄の種族」です。彼ら英雄たちの時代は、私たちよりもはるかに身体が大きいのがデフォルトなので、小アイアースさんといえども私たちに比べれば大層大きかったかもしれません。
さて、アイアースは大股でヘクトールに向かって行きます。恐ろしい表情には、これから戦いだというのに笑みを浮かべており、その姿を見たトロイア勢はもう怖くってたまりません。
ヘクトールもゾっとしましたが、自分から言い出したので「やっぱ無理!」とは言えず、ドキドキしながらもそれを見ていました。
「アキレウスの他にも強い戦士がギリシア軍に大勢いるということを思い知らせてやる」
「私も武器の使い方や楯の使い方など戦闘の術を心得ているのだ。お前ほど強いものと戦うのなら正々堂々真正面から向き合おうじゃないか」
このような会話を交わし、ヘクトールが先攻で勝負を始めます。
いざ、勝負
先攻ヘクトールが、アイアースに向かって長い槍を投げつけます。
その槍はアイアースの持つ立派な楯に当たり、七枚重ねの革を破っていきましたが、その途中で止まってしまい貫通には至りません。
次はアイアースの番です。彼も槍をヘクトールに投げつけました。
ヘクトールは楯をかざして受け止めます。しかし、切っ先は楯を貫通、そのままヘクトールが身にまと胸元の鎧までも貫いてしまいます。槍は肌着をも切り裂きます。
しかしここでヘクトールは身をよじり、絶体絶命の危機をなんとか逃れました。
投げ槍はもう無くなって、そうなると次は手槍を持って互いに襲い掛かります。二人の距離は一気に詰められ、ヘクトールの槍が先にアイアースを攻撃しました。しかし、それも楯で防がれ先が曲がってしまいます。
それを確認してから、アイアースが手槍を振りかざし、ヘクトールの楯をまた貫いては切り裂きました。
そしてその槍の先は、勢いそのまま、ヘクトールの首へ! 真っ黒な血がふきだしました。
首から出血してもなお、トロイア一の勇士は戦いをやめません。近くにあった岩を持ち上げるとアイアースめがけて振り下ろします。アイアースも間一髪楯で防ぎますが、衝突に大きな音が鳴りました。
アイアースはそれよりもさらに大きな岩を持ち上げると、ブンブン振り回して勢いづけてヘクトールにぶつけました。
ヘクトールの楯は押し破られて、彼はさらに膝を負傷。そのまま倒れそうに__。
そこで見ていられなかったのかアポローンが登場。仰向けで倒れ伏しそうになったヘクトールをさっと引き起こし、支えてあげました。
両者は再び、対峙しバチバチと敵意をむき出しにします。今にも剣を抜いて第二ラウンドを始めそうな勢いでした。
伝令使たちがやってくる
そこにギリシア、トロイア両軍のそれぞれの伝令使がやってきました。
ギリシア側の伝令使タルテュビオスと、トロイア側の伝令使イーダイオスはどちらも人々の信頼を得ていた者だったので、急に現れた彼らに一騎打ちは中断を余儀なくされました……。
前半まとめ:ネストールの昔話は長いが、説得力がすごい
ちょっと中途半端なところで区切ります。
第七巻前半の目玉は何と言ってもヘクトールと大アイアースの一騎打ちですが、個人的に直前のギリシア軍の気まずい空気とそれを打破したネストールの昔話のシーンに意識が向いてしまいます。
なんかそれまで勢いづいていたギリシア軍が、一騎打ちするとなった途端「どうする? 誰行く? え、俺はやだよ……」みたいな感じで静まり返るのがシュールで笑ってしまいました。
アイアースも自分に自信があるならネストールが何か言う前にさっさと名乗り出ればいいのに、とも思いますが、ここはネストールの凄さを表すためのシーンなのでしょうね。
・ヘクトールと大アイアースが一騎打ちをすることになった。
・二人の一騎打ちは終始アイアースが優勢のようだったが、伝令使がやってきて中断、決着はつかなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございました。第七巻後半は続きの伝令使のシーンから始めます。
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