『イーリアス』第三巻をひとつひとつ読む:後編

『イーリアス』

 祖父の家から出てきた古ぼけてシミだらけの「ホメーロス」の本から『イーリアス』を読み始めて、しばらく経ちましたが、なかなかに面白く、また残酷な描写に胸が痛くなります。

 祖父が読んでいた記憶は全くないのですが、三巻のところになんか鉛筆の跡がありました。もしかしたら曾祖父のかもしれません。(顔も見たことないし話もあまり聞かない)

 前回までのあらすじ
 戦場で相まみえたギリシア軍とトロイア軍。戦争の元凶であるトロイアの王子パリスと、パリスにヘレネーを奪われたスパルタの王メネラーオスは一騎打ちをすることになった。そうして、その果し合いをもって戦争をやめるという誓いが交わされた。

パリスとメネラーオスの一騎打ち

一騎打ちの準備

 パリスの父親でトロイアの王プリアモスが戦場に到着すると、すぐさま二人の一騎打ちに際しての儀式が執り行われました。

 アガメムノーンとオデュッセウスは立ち上がり、伝令師たちが用意してきた儀式の道具を受け取り、手を清めます。
 犠牲獣である子羊の頭の毛を両軍の大将たちに配ったとあります。(毛を配るというのにも何か意味があるのでしょうかね)

 そして先ほど交わした誓約を神々に対しても誓い、これを破ったものは脳みそを地面にこぼし、妻も他人にとられると宣誓します。

 しかし、ゼウスはこの願いを聞いてやるつもりは毛頭ありません。二人の一騎打ちをもって戦争が終わるなど、望んでいないことです。ゼウスは英雄の時代を終わらせるため、このトロイア戦争を盛り上げたかったのです。

 プリアモスはお供してきたアンテノールを連れて戦場からトロイアへ帰っていきます。息子であるパリスが勇ましいメネラーオスと戦うのを見たくなかったからです。

 ヘクトールとオデュッセウスは代表して一騎打ちの準備をし始めました。
決闘の場所をしっかり測ってセッティングする。
・先攻を決めるためのくじを作る。

 上記のことを二人がやっている間にも、一般戦士たちはすぐにでも戦いをやめられるようゼウスに祈っていました。

 先に槍を投げる先攻は、兜の中にくじを入れてそれを振って決めることになりました。

 出てきたのはパリスのくじでした。こうして先攻はパリスに決まります。

 両者は脱いでいた甲冑を着込み、武器を手にして両軍の真ん中にある、指定の場所へ歩み出ます。決戦を前にした二人の眼差しの恐ろしさに両軍はすくみました。

パリス VS メネラーオス!

 先攻はパリス。パリスは青銅の槍をメネラーオスに向けて投げつけます。
 しかし槍の穂先はメネラーオスの楯を突き破れず、楯の中に突き刺さって曲がってしまいました。

 パリスの槍を受け止めたメネラーオスは、今度は自分が、ヘレネーの一件の恨みを込めて長い槍を放り投げます。
 その槍はパリスの楯に当たると、勢いづいていたそれは重さをもって確かに楯を貫きました。切っ先は止まらず、胸の鎧まで突き破ると、脇腹を添ってパリスのまとっていた肌着を切り裂きました。

__しかし、すんでのところでパリスは死の運命を逃れました。わずかに身をひねったことで槍が自らを傷つけることを避けたのです。

 安心している暇はありません。槍がダメならとメネラーオスはを抜いて切りかかります。
 振りかざした刃はパリスの兜にあしらわれていた星を突きますが、その瞬間、刃は粉々になり地面へ散っていきました。

 槍でも剣でも仕留められなかったメネラーオスはゼウスに嘆きながらも、今度は自分の身で突進していきます。そのままの勢いでパリスの兜を飾る馬の毛飾りをひっ捕まえるとグイッと引き、向きを変えて引きずってやったのです。

 兜の顎紐がパリスの首を絞め上げます。窒息、息が苦しく、攻撃もできないパリス。このままパリスの身体を引きずりこんで殺してしまえる__!

 しかし気付けば、手にかかっていた重さはなく、持っていたのはパリスの兜だけでした。パリスはいません。
 女神アプロディーテが目ざとくパリスを絞め上げていた紐を切ってあげていたのです。

 メネラーオスは空っぽの兜をアカイア勢たちの方へ投げ込むと、振り返り、この期に及んでまた死から逃れた憎き男を探します。今度こそ、殺してやる!

 そう気持ちははやりましたが、パリスはすでに戦場におらず、アプロディーテに連れられて靄に隠されたままトロイアの城へ避難させられていました。

……この戦闘シーンはなんだかリアルでいいですよね。結局素手、そして顎紐で死にそうになるという。
 そして両者の強さの差も読み取れます。パリスはやはり元は羊飼いだったからメネラーオスよりかは戦闘に慣れていないのでしょう。基本的にパリスはずっと受け身だしギリギリ。しかしそんなパリスほど強運で死を免れ続けています。

アプロディーテの介入

アプロディーテがヘレネーを呼び出す

 パリスを館の奥へ連れて行ったあと、アプロディーテはスカイア門の塔の上にいるヘレネーのもとへ行きます。そしてヘレネーのよく知る老婆の姿に化けて彼女に接触します。

 パリスが館に帰ってきているから会うように促すアプロディーテ。
 それを聞いてヘレネーは確かにパリスへの想いを掻き立てられますが、同時に、目の前の老婆がやけに首筋や胸元、瞳が艶やかなことに気付き、それがアプロディーテの変身だと見破ります
(老婆に化けても色っぽさが隠し切れないアプロディーテ……さすが愛と美の女神です)

 ヘレネーはアプロディーテにこう反抗します。

ヘレネー
・私を騙そうとするなんてひどいお方だわ。
・また誰かお気に入りの人ができたから(パリスが私をさらったように)再び私を別の場所へ連れていくつもりなのかしら。きっとパリスが負けてメネラーオスが私を連れ帰ろうとしているので。
・女神さまこそがメネラーオスのもとへ行って、もうオリュンポスへは帰らないでずっとそこにいるのがいいわ。そうしたら妻になり、まぁ最低でも召使くらいにはしてもらえるでしょう。
・でも私はそんなことはしない。メネラーオスのもとへ行ったのならトロイア中の女性から陰口を言われるでしょうから。

 女神に対してこんなことを言えるなんてヘレネーは恐ろしいですね。
 とはいえ、ヘレネーはさらわれた身であり、その元凶はパリスとアプロディーテ。二人のせいで自分が悪女のようにされてしまっていると思うと恨みもあるでしょう。

 当然、アプロディーテは激怒。アプロディーテ的にはトロイア側を可愛がっているし、その姫であるヘレネーも気にかけていました。しかしこの言葉にはさすがに怒り、脅しの言葉を吐きます。

 ヘレネーはやはり怖くなって、純白の衣を被って言われたとおりにパリスのいる場所へ向かうことにしました。アプロディーテは満足し、彼女を先導します。

ヘレネー、パリスと会う

 先に館の奥の間にいたパリスの前に、ヘレネーは連れてこられます。

 戦いを抜けてきたパリスをヘレネーは軽蔑しているようです。
 当時は戦場で死ぬ方が、戦場から逃げ帰ってくるよりも名誉なことでした。特にヘレネーのいたスパルタは戦争での名誉というものを重視していて、逃げるという行為は何よりも恥ずべきことという認識だったそうです。もしかしたら、そのためヘレネーは夫の無事の帰還を喜べなかったんですね。

ヘレネー
・戦いを抜けてきたのね。本当にあなたが私の夫ならそのまま討ち取られて死ねばよかったのに。
・以前、自分のほうがメネラーオスより強いと自慢していましたよね。ならもう一度戦ってきたらどうです?
・私としては、どうせ戦ってもやられるだけだろうからやめた方が良いと思うけど。

パリス
・そんな意地悪なこと言わないでくれ。
・メネラーオスは女神アテナの助けで今回勝ったのだ。次は勝ってみせよう。
・でも今は一緒に寝て、お互いに慰め合おう。お前をこれほど恋しく切なく思った時はないんだから。

 パリスは死に直面し、愛しいヘレネーを強く想いおこしていたそうです。それを聞いてヘレネーも、先に寝床へ行くパリスの後を追っていきました。二人はそこでゆっくり休みました

 一方、戦場に残されたメネラーオスは戦士たちの群衆の中を野獣のようにうろつきまわり、突如として消えたパリスを探していました。

 アガメムノーンは戦士たちにこう述べます。
「勝利したのはメネラーオスだ。ヘレネーと財宝、賠償をギリシア側に払え!」
 多くのアカイア勢が賛成の声を上げました。

まとめ:やはり戦争は終わらない

 第三巻はパリスとメネラーオスの一騎打ちの話でした。ここでトロイア戦争の穏便な解決の可能性がほのめかされましたが、実際にはそうはいきませんでした。

・パリスとメネラーオスの一騎打ち。死にそうになったパリスはアプロディーテに助けられる
・パリスは戦場から消え、勝利はメネラーオスのものとなった(?)

 さてメネラーオスが果し合いを制したとしてアガメムノーンは主張します。しかしパリスは死んでいません。完全な決着がつかなかったので、やはり戦争は続きます。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。

【参考図書】
 これまで参考にした書籍以外に、新たに
・吉田敦彦編『世界の神話 英雄事典』、河出書房新社、2019
・松田治著『トロイア戦争全史』、講談社学術文庫、2008
を参考にしています。

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